藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)
1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
【14】ナショナリズム 日本とは何か/沖縄と「祖国」④
日本復帰後の沖縄を考える時、忘れてはならない存在がある。「沖縄の保守」だ。
戦後日本の外交・安全保障の基軸は日米同盟であり、極東の平和と日本の防衛に沖縄の米軍基地は欠かせない――。そう唱える政府に対し、「沖縄の保守」は葛藤しつつ協力し、基地負担軽減と振興を進めようとしてきた。
現実の中で郷土の発展をつかみ取ろうとする「沖縄の保守」は、「基地のない島」という理想を掲げて政府に厳しく臨む「沖縄の革新」とぶつかってきた。1972年に日本に戻った沖縄での知事選をはじめとする主な選挙は、今回の参院選沖縄選挙区に至るまでそんな構図の繰り返しだ。
ともに豊かで平和な島を目指す点で沖縄の保革は重なる。にもかかわらずぶつかるのは、沖縄戦の凄惨な記憶に根ざす「基地のない島」という「沖縄の革新」の理想が、戦後日本に新たな「国体」として現れた日米安保体制と、まさに根幹で相いれないからだ。
日本復帰から半世紀近く経った今も変わらない「在日米軍基地が集中する沖縄」の矛盾を、「沖縄の革新」は突き続ける。
この連載では過去3回、「沖縄の革新」を代表する政治家・瀬長亀次郎(1907~2001)について書いてきた。瀬長は沖縄戦以来の米軍統治からの「祖国復帰運動」に尽くし、日本復帰後も衆院議員として「基地のない島」を訴えた。彼の言う「島」とは、沖縄にとどまらず日本列島であり、沖縄から日本を変えようという主張だった。
「沖縄の保守」の側にあってその瀬長を尊敬していたのが、昨年知事在職中に急逝した翁長雄志だった。