AとCも行方不明。沖縄の海からジュゴンが消えた。ジュゴンも沖縄も忘れられるのか
2019年04月20日
先月、天然記念物のジュゴンが死んでいるのが見つかった。
ジュゴンは、国が埋め立てを強行する沖縄県名護市辺野古近くでも生息が確認されていたことから「辺野古阻止」の象徴的存在になっている。テレビや新聞は、一番に基地建設との関連性を疑った。
死骸が見つかったのは、辺野古とは反対側の沖縄本島西海岸で、工事との関連性が薄いとみられたため、報道はすぐに下火になった。けれど、基地建設の影響かどうかだけこだわっていては、見えなくなってしまう大切なことがあった。
ジュゴンは、沖縄本島近海でも3頭しか確認されておらず、極めて危機的な状況にある。
私がジュゴンに惹かれたのは、次の動画がきっかけだった(『極秘映像!辺野古を泳ぐジュゴン、海ガメを連れて』参照)。
国が辺野古の環境アセスメントで撮影したとみられる映像である。そこに映っていたのは、カメをお供に連れて、のんびり泳ぐジュゴンの姿だった。自分と同じ世界に、同じ時代を生きる、こんなに愛らしく、力強い命の営みがあるのだと心が震えた。
今回、希少な3頭のうち、1頭が死んでしまったことで、残る2頭の希少性が、より高まったはずだった。ところが、調べたところ、その2頭も、ある時期を境に行方不明になっていた。
沖縄の、日本の海からジュゴンが消えたのだ。
ブルーシートの上に横たわるジュゴンの姿は無残だった。全身傷だらけで、顔の皮は剥がれ、目からは血の涙を流しているようにも見えた。
現場は、沖縄本島西海岸にある今帰仁村運天漁港。3月18日夕方、岸壁近くの浅瀬に浮いているのを漁師が発見した。地元の人でも、ジュゴンを見たことがある者は少ない。連絡を受けて駆けつけた漁協職員は、「こういう形で対面したのが残念だ」と語った。
皮肉なことだが、ジュゴンを詳細に調査したのは、沖縄防衛局が、普天間飛行場代替施設建設に伴って実施した環境アセスメントだった。
沖縄防衛局は、沖縄本島近海にいるジュゴンを3頭と推定し、それぞれにA、B、Cと名付けていた。Aは、辺野古・大浦湾に住んでいるオス。カメと一緒に泳いでいた個体だ。Bは、今帰仁村古宇利島を縄張りにするメス。そしてCは、Bの子ども(性別不明)である。
死んだのは、今帰仁村古宇利島で度々目撃されていたBだった。
Bが出産したのは、17年ほど前とみられている。子どものCがまだ小さかった頃、2頭で泳ぐ姿は、西海岸の古宇利島近海でも、辺野古近海でも見られた。親子が体を寄せ合い、大海原を泳ぐ姿は、何とも微笑ましく、見た人の心をつかんだ。そしてその姿は、沖縄の海が、ジュゴンも子育てできる豊かな海であることを私たちに強く印象付けたのだった。
だが、そんなBの死を受けても、多くのメディアの関心は、1点に集中していた。
彼女の死が、基地建設と関係しているかどうかである。
長年、保護活動に取り組んでいるジュゴンネットワーク沖縄の細川太郎さんは、傷の状況から、寿命といった自然死、もしくは漁網にかかった可能性をあげた。全身の傷痕はというと、死んで流された際に、岩や堤防にぶつかって、刻まれたものではないかという。
Bが生息していた古宇利島は、辺野古・大浦湾と同様に、ジュゴンの生息が確認されている数少ない海域の一つだ。一方で、モズク漁や定置網漁なども盛んで、「ジュゴンと漁業の共存」が課題になっていた。
細川さんは、これまでもずっと、ジュゴンが人間生活の影響を受けないよう「保護区」を設置することが必要だと言ってきたが、その声は大きく広がらなかった。
今になって思えば、ジュゴンを辺野古の文脈でばかり語り、純粋に保護に向き合わなかったメディアの責任も大きいのかもしれない。
「3頭しかいないジュゴンのうち、1頭が死んでしまったことで、残る2頭の保護が、これまで以上に重要になったといえる」
こう語るのは、ジュゴン保護キャンペーンセンターの吉川秀樹さんだ。
だが、2頭の生存も危ぶまれている。
2頭が餌場にしていたのは、名護市辺野古・大浦湾。そこはご存知の通り、国が巨大基地建設に向けて、埋め立てを進めている海域である。
沖縄防衛局の環境アセスメントでは、「埋め立てで辺野古の餌場の一部は消失するもののジュゴンに影響はない」「環境保全措置をとるので、ジュゴンに及ぼす影響は回避できる」としていた。
しかし人間が、餌場がどうとか、環境保全措置がどうとか、妥当かどうかもわからない予測をめぐって揉めている間に、ジュゴンの身には変化が起きていた。
2014年、埋め立て工事を前に、巨大コンクリートブロックが海に投入されると、翌年の7月以降、この辺りでも見かけられていたジュゴン1頭が忽然と姿を消した。
いなくなったのはBの子であるCだ。
Cは親離れすると、生まれ育った西海岸から、はるばる100キロ離れた辺野古まで、やって来ていた。ところが突然、姿を見せなくなったのだ。
もちろんCの失踪が、工事の影響かどうかは、わからないという指摘もある。
だが、そうこうしているうちに今度は、大浦湾のサンゴ礁内の海草藻場を餌場にしていたもう一頭Aも、去年10月以降、行方不明になっていることがわかった。
つまり辺野古・大浦湾にいた2頭ともが、工事が加速する中で、いなくなっていたのである。
吉川さんは、沖縄防衛局の環境アセスメントに対しては、海外からも痛烈な批判があがっていると指摘する。新基地建設を止めようと、日米の環境保護団体などがアメリカ国防総省を訴えた「ジュゴン訴訟」の過程で開示された文書だ。
それは、アメリカ国防総省が委託した海洋哺乳類学者が、海兵隊司令部保全課の担当官に宛てたメールだった。
この中では、「(沖縄防衛局による)環境アセスメントはほとんど価値を持たない」、「科学的検証に耐えられない」と、調査の質を厳しく評価し、「沖縄防衛局の環境アセス準備書を使って、ジュゴンへの影響を評価することはできない」とまで言い切っていた。
しかし日本政府は去年12月14日、辺野古で埋め立てを始めた。アメリカ政府が依頼した専門家ですら、酷くダメ出しした環境アセスメントを根拠に、工事を進めたのだ。
ジュゴンたちが、なぜいなくなったのか。今も生きているのか。
国は、ジュゴンが辺野古・大浦湾で確認できなくなっていることと工事は関係ないと主張している。
ただ一つ確かなことは、ジュゴンがいなくなったことで、国は工事を進めやすくなった、ということだろうか。
彼女の死から1カ月の間にも、国は、新たな区域で埋め立てを進め、後戻りできないほどに、海を汚している。
沖縄県は、辺野古・大浦湾が育んで来たジュゴンや希少サンゴの保護、そして、新たに発覚した軟弱地盤や、活断層の存在などを理由に、基地建設中止を求めているが、全く聞き入れられる見通しはない。
それどころか、
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