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母親ジュゴンBの死は忘却されるのか

AとCも行方不明。沖縄の海からジュゴンが消えた。ジュゴンも沖縄も忘れられるのか

島袋夏子 琉球朝日放送記者

死んだ母親ジュゴンB

 ブルーシートの上に横たわるジュゴンの姿は無残だった。全身傷だらけで、顔の皮は剥がれ、目からは血の涙を流しているようにも見えた。

 現場は、沖縄本島西海岸にある今帰仁村運天漁港。3月18日夕方、岸壁近くの浅瀬に浮いているのを漁師が発見した。地元の人でも、ジュゴンを見たことがある者は少ない。連絡を受けて駆けつけた漁協職員は、「こういう形で対面したのが残念だ」と語った。

拡大沖縄防衛局環境影響評価書より 個体B=古宇利島沖

 皮肉なことだが、ジュゴンを詳細に調査したのは、沖縄防衛局が、普天間飛行場代替施設建設に伴って実施した環境アセスメントだった。

 沖縄防衛局は、沖縄本島近海にいるジュゴンを3頭と推定し、それぞれにA、B、Cと名付けていた。Aは、辺野古・大浦湾に住んでいるオス。カメと一緒に泳いでいた個体だ。Bは、今帰仁村古宇利島を縄張りにするメス。そしてCは、Bの子ども(性別不明)である。

拡大沖縄防衛局環境影響評価書より 個体BとC=古宇利島沖

 死んだのは、今帰仁村古宇利島で度々目撃されていたBだった。

 Bが出産したのは、17年ほど前とみられている。子どものCがまだ小さかった頃、2頭で泳ぐ姿は、西海岸の古宇利島近海でも、辺野古近海でも見られた。親子が体を寄せ合い、大海原を泳ぐ姿は、何とも微笑ましく、見た人の心をつかんだ。そしてその姿は、沖縄の海が、ジュゴンも子育てできる豊かな海であることを私たちに強く印象付けたのだった。

 だが、そんなBの死を受けても、多くのメディアの関心は、1点に集中していた。

 彼女の死が、基地建設と関係しているかどうかである。

 長年、保護活動に取り組んでいるジュゴンネットワーク沖縄の細川太郎さんは、傷の状況から、寿命といった自然死、もしくは漁網にかかった可能性をあげた。全身の傷痕はというと、死んで流された際に、岩や堤防にぶつかって、刻まれたものではないかという。

 Bが生息していた古宇利島は、辺野古・大浦湾と同様に、ジュゴンの生息が確認されている数少ない海域の一つだ。一方で、モズク漁や定置網漁なども盛んで、「ジュゴンと漁業の共存」が課題になっていた。

 細川さんは、これまでもずっと、ジュゴンが人間生活の影響を受けないよう「保護区」を設置することが必要だと言ってきたが、その声は大きく広がらなかった。

 今になって思えば、ジュゴンを辺野古の文脈でばかり語り、純粋に保護に向き合わなかったメディアの責任も大きいのかもしれない。

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筆者

島袋夏子

島袋夏子(しまぶくろ・なつこ) 琉球朝日放送記者

1974年沖縄県生まれ。琉球大学法文学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修了。 山口朝日放送で約10年勤務したのち、2007年に琉球朝日放送入社。米軍基地担当などを経て、現在はニュースデスク、調査報道担当。2014年「裂かれる海~辺野古 動き出した基地建設~」で第52回ギャラクシー賞番組部門大賞、2016年「枯れ葉剤を浴びた島2~ドラム缶が語る終わらない戦争~」で日本民間放送連盟賞テレビ報道部門最優秀賞、2017年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞など。

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