豪州に代わって難民を受け入れるというニュージーランドの提案の行方も不透明に
2019年04月23日
ニュージーランドの「卵少年」もとい「エッグボーイ」を覚えているだろうか?
ニュージーランド・クライストチャーチのモスク(イスラム教礼拝所)での銃撃事件は、ムスリムの移民が原因だと発言した豪州のフレーザー・アニング議員に生卵をぶつけ、差別を煽(あお)る発言によくぞ勇敢に立ち向かったと、世界中で一躍話題になった少年だ。
この銃乱射テロから1カ月が経ち、50人が死亡した凄惨(せいさん)な事件についての報道も落ち着いてきている。
だが、「エッグボーイ」事件のその後についての報道は、実はオーストラリアを中心に世界ではまだ鎮まっていないようだ。
まず、生卵の被害に遭った当のアニング議員については、「恐ろしい犯罪の犠牲者に非難の矛先を向け、宗教に基づいて中傷した」としてオーストラリア上院から公式にけん責を受けながらも、「エッグボーイ」を殴った行為は正当防衛だったとされ「訴追はしない」とのオーストラリア警察による判断が下された。一方、「エッグボーイ」も同じく訴追は免れたが、厳重注意を受けることとなった。
彼の似顔絵がプリントされたTシャツがインターネットを通じて世界中で販売され、クラウドファンディングサイト「GoFundMe」には、訴訟に掛かる費用や「追加の卵」代として約640万円余りの寄付金が集まった。(※エッグボーイは、この資金を銃乱射事件の犠牲者に寄付する考えを示している)
さらに、ツイッターやインスタグラムなどのSNS上では、「人種差別主義の議員に対して、オーストラリア政府以上の行動を示してくれた勇気に感謝します」など、移民に関する差別を助長する言動に立ち向かったことを賞賛する投稿や、フロリダで開催中の音楽フェスティバルへの無料チケットのオファー、さらには、アメリカの大統領になってくれとの投稿まで、彼の行動を賞賛する投稿は、枚挙にいとまがない。
このように、極右や白人至上主義の台頭が叫ばれる一方で、世界では移民や難民の受け入れに対して寛容な左派系の人々の結束が強いことも注目すべき点である。
だが、ここで指摘したいのは、エッグボーイ事件が銃乱射事件が発生したニュージーランドではなく、お隣のオーストラリアで発生したという点だ。そもそも、オーストラリアでは近年、白人至上主義の高まりが、国内メディアでしばしば取り沙汰されている。
同党のポーリン・ハンソン氏は「反イスラム」「移民排斥」を掲げ、過激な行動で注目を集めている。今年8月には、顔を全て覆う黒いブルカ姿で議場に登場し「治安を守るため、ブルカの着用を禁止しないか」と呼び掛け、議場内を凍りつかせた。
だから、ニュージーランド・クライストチャーチのモスク銃乱射事件の犯人が、極右の思想に染まったオーストラリア人であったことは、改めて驚くべきことではなかった。
実は、オーストラリアとニュージーランドの両国間では、難民の受け入れ政策をめぐって、一悶着を抱えてもいる。
近年、オーストラリアは難民受け入れに関して、強硬な姿勢を取っていることで知られている。日本ではほとんど報道されないが、戦火を逃れてイランやアフガニスタンなどからボートで上陸を試みる難民申請希望者たちを海上で強制的に拿捕し、本土への入国を永久に認めず、近隣のパプアニューギニアのマヌス島などの施設に収容してきた。
そこには、難民として認定されているにもかかわらず、5年以上にわたって定住先の国が定まらないまま収容されている人も少なくない。暴行や病気の蔓延(まんえん)といった問題が頻繁に発生するなど、国際的な人権侵害だとの批判が続出しており、政権にとっては頭の痛い難題となっている。
一方、国内の極右勢力などからは、この政権の強硬な難民対策に大いなる賛成の意が示されている。さらに「トランプの移民政策のように、オーストラリアもより強硬な対策を取るべきだ」などの主張さえなされている。
ところが、マルコム・ターンブル前オーストラリア首相は、先にバラク・オバマ前米政権との間で合意した難民交換協定を優先しなければならないという理由から、この申し出を断った。そのうえで、パプアニューギニア政府と直接交渉をしてほしいとの姿勢を示した。アーダーン首相は「私たちの申し入れを受けるのは、まぎれもなくオーストラリア政府の責任だ」と強気の主張を崩さず、暗にオーストラリア側の受け入れ体制を批判した。実際、オーストラリア政府の対応には、国内外から批判の声も上がっていた。
いずれにせよ、打診から1年以上経った今も、この2国間での“難民取引”は実現に至っていない。
ついに、アーダーン首相を「実はこの打診を実現させる意思はないのではないか」などと皮肉る報道なども登場する始末で、
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