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隠岐にみる「島国」/日韓共生へのリアリズム

【19】ナショナリズム 日本とは何か/隠岐にみる「島国」④

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

アシカ猟の証言を訪ね歩く

 竹島と島後がつながっていた事実を風化させないようにと、吉田篤夫さん(60)は町役場の竹島対策・危機管理室長として、アシカ漁を知る人々への聞き取りを続けてきた。漁民が多く住んでいた久見の集落や老人ホームなどを訪ね、子の世代からも証言を集めることで、漁の様子が立体的に浮かんできた。

 吉田さんが「定年」を迎える3月を前に町役場に訪ねた。「町でできることは記録を保存し、子どもたちに伝えることです。国にはそれを支えに領土や漁業権で交渉して、昔のように竹島で漁ができるようになってほしい」と話した。

拡大かつて竹島へアシカ漁に出る島民が多くいた久見の集落から入った山あいにかかる「くめじ橋」。アシカの像がある=2月1日、島根県隠岐の島町久見。藤田撮影

 町は、聞き取りの映像や音声を、2016年に開いた久見竹島歴史館に保存し、これを島内でどう教育に生かすか、島外へどう発信するかを探っている。東京・日比谷公園にある市政会館に、2018年にできた政府の「領土・主権展示館」にも証言資料は送られる。

 国家を構成する自治体としての隠岐の島町で、吉田さんの竹島問題への取り組みは「ふるさとと国のために過去を見つめる」という営みと言えるだろう。では、将来を担う子どもたちに向き合う教育現場ではどうなのか。

きっかけは「竹島の日」条例

 元町立中学校校長の常角敏さん(60)と久見竹島歴史館を訪れ、そこで話を聞いた。常角さんは町の小中学校の副教材「ふるさと隠岐」の編集委員長を務めた。2007年に初版、14年に改訂版が出ている。

 「やはり県の『竹島の日条例』が大きかったですね」。常角さんは、副教材の初版で竹島問題を扱うことになった経緯から話し始めた。

拡大2005年3月、竹島の日を2月22日に定める条例を可決した島根県議会=朝日新聞社

 島根県議会が2月22日を「竹島の日」をとする条例を可決したのは2005年。百年前のその日、島後のアシカ漁業者からの要望を受け、竹島を島根県に編入した政府の閣議決定について、知事が告示していた。

 地元漁民が竹島周辺で韓国の実効支配に圧迫され続けることへの不満が県議会にはあり、国に「竹島の日」制定を求めてきた。だが、国は動かない。そこで「竹島問題に対する県民と国民の理解と関心をさらに深める取り組みを行い、全国的に竹島領土権確立運動の一層の推進を図り、領土権の確立を目指す」(県HP)として、条例制定に踏み切った。

 韓国では激しい反発が起きた。

 

拡大2005年3月、竹島の日を定める島根県の条例制定に抗議し、ソウルでデモ行進する人たち=朝日新聞社
常角さんは振り返る。

 「抗議の映像がテレビで流れて、子どもたちは怖がった。それで、ちゃんと教えないといけないなという話が町議会から教育委員会にあって、副教材を作りました」

 「気をつけたのは、『韓国が不法占拠しているが、歴史的にも国際法的にも日本の領土だ』という2行の知識だけじゃだめだということです。歴史的な資料と合わせて中学校で教えました。すると子どもたちは安心した。状況を恐ろしいものにしているのは自分たちの側ではない、とわかったんです」

 学ぶことで子どもたちが不安をなくすのは大切だ。ただ、それはまだスタートラインだった。竹島問題は、近代以後、国家同士がせめぎ合い、境界を仕切り合ってきた東アジアの近現代史の産物だからだ。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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