牧野愛博(まきの・よしひろ) 朝日新聞記者(朝鮮半島・日米関係担当)
1965年生まれ。早稲田大学法学部卒。大阪商船三井船舶(現・商船三井)勤務を経て1991年、朝日新聞入社。瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長などを経験。著書に「絶望の韓国」(文春新書)、「金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日」(講談社+α新書)、「ルポ金正恩とトランプ」(朝日新聞出版)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
独裁者にも唯一できないことがある
*この記事中のエピソードの詳細は牧野愛博著『ルポ 金正恩とトランプ 米朝の攻防と、北朝鮮・核の行方』でご覧になれます。
朝鮮中央通信によれば、北朝鮮の北米局長が4月18日、ポンペオ米国務長官を批判し、「今後、米国との対話が再開される場合、我々の話を理解できないポンペオ長官ではなく、我々と意思疎通が円滑に行える人物が対話相手になることを望む」と語った。
ポンペオ氏は4月19日、ワシントンで開かれた日米安全保障協議委員会(2+2)後の記者会見で、北朝鮮の要求を一蹴したが、なぜこのような批判を受けたのか。
その答えは2月28日、ハノイで行われた米朝首脳会談全体会合にあった。
会談で、金正恩朝鮮労働党委員長は5項目からなる米朝首脳共同声明案を提示した。その中身はざっと以下のようなものであったという。
1:米朝は人道分野での協力や社会文化交流の拡大、連絡事務所の相互設置などを実施して新たな関係構築に努力する
2:米朝は政治的な宣言などを経て朝鮮半島の平和体制の構築を目指す
3:北朝鮮は寧辺地区の核関連施設を廃棄し、米国は2017年以降に決められた国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議の解除を主導する
4:米朝は、朝鮮戦争当時、行方不明になった米兵の遺骸の捜索と返還を推進する
5:以上の合意を全て履行した場合、米国は北朝鮮の明るい未来を保証する
いわゆる、巷間ささやかれていた「スモール・ディール」案だった。
この5項目のうち、1~4項目は2018年6月のシンガポール共同声明を発展させた内容であり、北朝鮮にしてみれば、当然とも言える内容だった。
だが、米国は米朝実務協議の結果、北朝鮮が廃棄すると訴えた寧辺核施設が、すでに公開された施設に限るのか、寧辺郡の分江地区や西位里地区などにある未公開の地下ウラン濃縮施設も含むのかはっきりしない点や、北朝鮮が寧辺以外の核施設を廃棄する意思を示さなかったことから、この案では到底受け入れられないという判断に傾いていた。
また、27日の夕食会で、金正恩氏は寧辺以外の核施設の廃棄に言及しなかった。この時点で、米実務陣は「スモール・ディール」は不可能と最終判断し、実際に日本側にこうした考えを伝えていた。
ところが、ただ一人、スモール・ディールにこだわった人物がいた。トランプ米大統領だ。
トランプ氏は提示された共同声明案を満足そうに眺め、まさにサインしても問題ないかのようなしぐさを見せたという。
ここでポンペオ氏が、トランプ氏を会議場外に連れ出した。ポンペオ氏はトランプ氏に「本気でサインする気ですか。サインしたら、(2020年秋の)大統領選で勝利する芽はなくなりますよ」と迫ったという。
その後のトランプ氏の強気の姿勢は、メディアが相次ぎ報じたとおりである。トランプ氏は北朝鮮に対し、完全な非核化を一括して迫る「ビッグ・ディール」を主張。実務協議でも取り上げなかった生物化学兵器の廃棄まで言い出し、会談は決裂した。
北朝鮮にしてみれば、ポンペオ氏が口を挟んだ瞬間、トランプ氏の態度が豹変したのだから、「ポンペオ氏こそ、トランプ氏を心変わりさせた張本人」と思ったことだろう。
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