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今こそ考えたい「国民投票」のこと

憲法改正に必要な国民投票。はたしてその意義は。世界のレファレンダムから見てみると

吉田徹 北海道大学教授

レファレンダムの系譜と頻度

フランス革命期に起源

 有権者全員が、特定の提案について、直接的に賛成・反対の意を示す国民投票や住民投票のことを、英語で一般的に「レファレンダム」と呼ぶ。レファレンダムは、民主主義、もっと言えば人民主権の歴史とともにあった。それゆえ、絶対王政を廃し、世界史上、最も早く国民主権を謳(うた)ったフランスで、近代で最も早くレファレンダムが規定されたのも当然のことだった。

 具体的には、フランス革命(1789~1799年)のさなか、1793年に制定された通称「ジャコバン憲法」には、国民投票の規定がすでに盛り込まれていた。ルソーの社会契約論に影響を受けたこの考えでは、議会の法案について各自治体の住民が賛成か反対かを表明することを想定していた。

 革命防衛戦争の中で国民投票は実現しなかったものの、フランスではその後、ナポレオンによる帝政以降や甥のルイ・ナポレオンによる第二帝政への移行(1851年)、さらに第2次世界大戦後のド・ゴール大統領による第五共和制憲法施行(1958年)などで、レファレンダムは多用されていった。

指導者が“活用”するケースも

 このような、指導者がその指導体制を強める目的で、民意の賛同を求めるために実施されるレファレンダムは、「プレビット(指導者)民主主義」と言われることが多い。ナチスが政権を握ったドイツで行われた、国際連盟脱退やヒトラーの国家元首就任についての国民投票は、この部類に入れることができるだろう(ただし、それ以前のワイマール共和国時代でも国民投票は実施されていた)。

 とはいえ、1969年に国民投票で憲法改正案が否決されたド・ゴール大統領が退陣に追い込まれたように、プレビシット民主主義は、ときの指導者にとって「諸刃の剣」となることもある。

州レベルで住民投票の規定があるアメリカ

 ヨーロッパに限定してみれば、イギリスのEEC(欧州経済共同体)加盟(1973年)、フランスやオランダのマーストリヒト条約(1992年)批准、アイルランドや欧州憲法条約案(2005年)、アイルランドのリスボン条約(2008年)など、党派横断的な争点について国民に判断を委ねる事例が多く見られる。

 アメリカは、連邦レベルでの国民投票の規定はない。州レベルでは50のうち30州弱で住民投票の規定が設けられている。とりわけ、2018年に大麻解禁を住民投票で決したカリフォルニア州は、住民投票が頻繁に実施されていることで知られている。

恒常的に実施するスイス

 スイスは、建国以来、恒常的にレファレンダムを実施していることで有名だ。EU加盟から移民制限の問題に至るまで、戦後だけでも180回、計407件(2017年時点)ものレファレンダムを経験している。

 もっともスイスでは、憲法改正や超国家機関加盟などについて強制的に国民投票にかけられる「義務的レファレンダム」と、それ以外の州や国民の特定多数の発議によっておこなわれる「任意的レファレンダム」との両方で、争点に応じて何が国民投票に付託させられるかが、あらかじめ決まっている。くわえて国民の発議によるレファレンダムも定められており、高速道路のスピード制限や性犯罪者登録、動物愛護の義務化など、多様な争点が国民投票にかけられている。先述のプレビシット型と異なり、スイスのこうしたレファレンダムは「自治的国民投票」などと呼ばれる。

種類もやり方も様々

 こうしてみると、レファレンダムには実に様々な種類があることがわかる。国民投票にしても、トップダウンのものもあれば、ボトムアップのもの、そのいずれにも分類し得ないものがある。

 ある調査によると、西ヨーロッパに限った場合、20世紀に326のレファレンダムが行われたが、そのうち国民投票(イニシアティヴ)が49、憲法改正にまつわるものが76、国民発議のものが95、諮問的な国民投票が83、プレビシット型のものが61あったと試算されている。つまり、国民投票は、誰がどのように、何のために行うかによって、細かく分類し得るのだ。

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筆者

吉田徹

吉田徹(よしだ・とおる) 北海道大学教授

1975年生まれ。慶応義塾大学卒。東京大学大学院総合文化研究家博士修了。学術博士。専門は比較政治、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『「野党」論』(ちくま新書)、『ポピュリズムを考える』(日本放送出版協会)、共編著に『ヨーロッパ統合とフランス』(法律文化社)、『政権交代と民主主義』(東京大学出版会)など。