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戦後最年少宰相・安倍氏と常識人・福田首相の挫折

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(15)

星浩 政治ジャーナリスト

郵政民営化の“造反組”復党で支持率が急落

 こうして初の外遊を乗り切った安倍首相だが、国内で落とし穴が待っていた。小泉政権下の郵政民営化法案の採決で反対に回った“造反組”の復党問題が浮上したのだ。

 この問題をめぐり、翌年の参院選に向けて造反議員の協力を得たい青木幹雄参院議員会長と、造反議員を受け入れれば安倍政権の「改革路線」に疑いの目が向けられる懸念した中川秀直幹事長が対立。結局、安倍首相は復党を認める判断をした。

 12人の造反組のうち、堀内光雄、保利耕輔、野田聖子、森山裕各氏ら11人が「郵政民営化の公約順守」などの誓約書を提出して復党した。平沼赳夫氏は誓約書提出を拒否し、復党しなかった。12月4日、安倍首相は復党組と会談し、「お帰りなさい。新たな仲間として参加してもらい、大変心強く思っている」と述べた。だが、これが世論には「改革の後退」と映った。内閣支持率は急落する。

民主党の前原新代表と偽メール事件

民主党の新代表に決まった前原誠司氏(中央)と祝福する岡田克也氏(左)と菅直人氏=2005年9月17日、東京都内のホテルで拡大民主党の新代表に決まった前原誠司氏(中央)と祝福する岡田克也氏(左)と菅直人氏=2005年9月17日、東京都内のホテルで
 自民党に対抗する民主党はそのころ、何をしていたのか?

 2005年9月の郵政総選挙で小泉自民党に大敗した民主党。岡田克也代表は辞任し、後任に43歳の前原誠司氏が選出された。前原氏の若さに期待も集まったが、彼にも落とし穴が待っていた。

 06年2月の衆院予算委員会で民主党の永田寿康議員が、ライブドアの堀江貴文元社長の「社内メール」を暴露した。メールの内容は、堀江元社長が自民党の武部勤幹事長の次男宛てに3千万円を送金するよう指示したというものだった。前原代表は「資金提供の確証を得ている」と自信を見せたが、小泉首相は「メールはガセネタだ」と反論。結局、メールは偽物と判明した。

 永田氏は議員辞職に追い込まれ、前原代表も3月に辞任する。後任を決める選挙ではは小沢一郎氏が菅直人氏を大差で退け、代表の座に就いた。小沢氏は「打倒自民党」を掲げて本格稼働した。

「消えた年金」、閣僚の失態で強まる逆風

 07年1月に開幕した通常国会は安倍・自民対小沢・民主の全面対決となったが、閣僚の失態が相次いだ。

 柳沢伯夫・厚生労働相が少子化問題に絡んで女性を「産む機械」にたとえて批判を浴びた。松岡利勝・農水相の事務所費問題も発覚する。安倍首相は2人とも続投させたが、国会での追及はやまなかった。さらに、民主党の長妻昭氏を中心に、約5千万人分の年金の納付記録が誰のものか分からなくなっている実態が暴かれた。「消えた年金」と言われ、国会審議は連日紛糾した。

 そんななか、安倍首相は、将来の憲法改正に向けた手続きを定める国民投票法案の成立を急いだ。衆参両院とも、民主党など野党の反対を押し切り、自民、公明両党が採決を強行し、国民投票法は5月14日に参院本会議で可決、成立した。民主党は「安倍政権は国民生活にかかわる年金問題より憲法改正を優先している」と批判した。

安倍首相に辞任の意向を伝え、記者の質問に答える久間防衛相=2007年7月3日、首相官邸拡大安倍首相に辞任の意向を伝え、記者の質問に答える久間防衛相=2007年7月3日、首相官邸
 5月28日、松岡農水相が東京・赤坂の衆院議員宿舎で自殺した。安倍首相らに宛てた8通の遺書が残されていた。事務所費問題の追及に責任を感じていたという。現職閣僚の自殺という衝撃的な出来事に、政権は揺らいだ。

 閣僚の失態はその後も続く。6月30日、久間章生防衛相が広島、長崎への原爆投下について「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、今しょうがないと思っている」と発言。与党の公明党からも批判が出て、久間氏は7月3日、辞任した。安倍首相も、側近の「お友だち」もなす術がないまま、政権への逆風は強まっていった。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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