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「憲法尊重擁護義務」は平成で終わったのか(上)

“立憲主義の柔らかいガードレール”が無力化されたわけと日本国憲法の現状を検証する

倉持麟太郎 弁護士

無力化した“立憲主義の柔らかなガードレール”

 この表現に倣えば、我が国にはかつて“立憲主義の柔らかなガードレール”があった。

拡大Sakuoka/shutterstock.com
 世界的に見ても、単語数が少ない抽象的な日本国憲法にあって、行間をなるべく権力制限的に解釈し、条文からの遠心力をできる限り弱めるかたちで解釈を積み重ねて「不文律」を集積し、権力者もこれに一定程度の緊張感と敬意を示してきた。ここで言う不文律は、「書いてなくても守る」という、欧米の「契約」社会とは一線を画した日本独特の法文化として、我が国の立憲主義の柔らかいガードレールを形成してきた。

 檻(憲法)とライオン(権力)のたとえを借りるならば、檻の隙間は広かったが、この隙間を、無形のガードレールで埋めて、ライオンを統制していたといってもいい。

 しかし、今やこのガードレールが無力化している。不文律や暗黙の制限的憲法解釈、そしてそれへの権力の緊張感は喪失し、権力という車は車道も歩道も関係なく、縦横無尽に走り回っている。

 だが、これはなにも権力だけの問題ではない。立憲主義のガードレールが無力化したことには、われわれ個人の責任も大きいというのが、本稿の問題意識である。

 立憲主義の柔らかいガードレールを無力化した平成という時代と日本国憲法について、権力と個人、そして権威の三つの視点から、以下検証したい。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士

1983年、東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。弁護士法人Next代表弁護士・東京圏雇用労働相談センター(TECC)相談員として、ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」等について専門的に取り扱うも、東京MX「モーニングクロス」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述(2015年)等、企業法務実務の傍ら、憲法理論の実務的実践や政策形成過程への法律実務家の積極的関与について研究。共著に『2015年安保~国会の内と外で~』(岩波書店、2015)、『時代の正体2』(現代思潮新社、2016)。

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