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元号を否定しない私が令和の使用を拒否するワケ

平成の危機的状況は何も変わらないのに「バンザイ!」を叫ぶお手軽な社会でいいのか

斎藤貴男 ジャーナリスト

私が元号を否定しなくなったワケ

 実は私が元号を否定しなくなったのは、「平成」の後半になってからのことである。構造改革の美名の下、政府の主導でアメリカへの同化が進められていく構造に関する取材を重ねていた日常と、過去の戦争への反省を行動で示し、これからの戦争も許すまいとする明仁上皇の振る舞いを、素直に嬉しく感じたためだった。

 現代の日本で民主主義が機能していないのは、差別がまかり通っているのは、しかも、天皇制のせいではない。歴史をとことん遡(さかのぼ)ればそうなってしまうのだとしても、少なくとも直接の元凶はアメリカであり、彼らのスタンダードとしての新自由主義であり、彼らの命令を丸呑みし、私たちを奴隷のように扱ってやまない政治体制であり、何よりも、そんなものどもに抵抗もせず、諾々と服従することにためらいがない私たち大衆自身であるはずだ。

 だから私は、たとえば銀行や病院で何かの書類に年月日を記入する際も、印刷された「平成」の二文字を二本線で消しては西暦に書き直す作業をしなくなっていた。旧知の編集者に求められるまま、この3月には平成史をテーマにした書籍を上梓したりもした(『平成とは何だったのか』秀和システム)。

 日頃の反権力的な表現活動を評価してくださる読者の間には、少なからぬ批判があるらしいことも承知しているが、嘘は言えないので仕方がない。自分自身が身を置いているジャーナリズムの世界の内部でさえも、時に周り中が敵に見えてくるような孤独を味わっていたので、余計に救いが欲しかった。

「新しい時代」を叫ぶのはいつの日か

 今度の天皇がどのような人物で、どう行動するつもりなのかを、私はまだ知らない。明仁上皇にもまして素晴らしい天皇であったとしても、私には「令和」を使うつもりが金輪際ないけれど、ともすれば絶望を余儀なくされそうにも思えてくる政治や社会にあって、せめて救いではあってほしいと願う。

 私たちはあまりに愚かである。権力者やその周辺にいる仕掛け人たちにいいように操られて恥だとも感じず、ただ唯々諾々と従い、お祭り騒ぎに酔い痴れている。だから、平成の次の天皇には、先代に引き続いて時間稼ぎをしてもらいたいと思うのだ。甘えすぎているのは承知している。しかし、もう少しの時間があれば……。

 やがていつの日か、私たち自身の手で、天皇はあくまでも象徴としながら、この国を大日本帝国のくびきから解き放ち、近現代史の負の遺産を清算する時代を導いた暁にこそ、私は「新しい時代」を叫びたい。もちろん、歴史は地続きであることを忘れずに、心の中だけで。

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筆者

斎藤貴男

斎藤貴男(さいとう・たかお) ジャーナリスト

1958年、東京生まれ。新聞・雑誌記者をへてフリージャーナリスト。著書に『決定版 消費税のカラクリ』(ちくま文庫)、『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)、『戦争経済大国』(河出書房新社)、『日本が壊れていく――幼稚な政治、ウソまみれの国』(ちくま新書)、『「東京電力」研究──排除の系譜』(角川文庫、第3回「いける本大賞」受賞)、『戦争のできる国へ──安倍政権の正体』(朝日新書)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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