米朝協議停滞で「開発成果」を確認できる時が来た。はたして米空母を攻撃できるのか?
2019年05月05日
北朝鮮の労働新聞(電子版)は5月5日、金正恩朝鮮労働党委員長が視察した5月4日の軍事演習の写真15枚を公開した。そこには日本海に向けて発射された300ミリ多連装ロケットと見られる兵器のほか、移動式発射台から垂直に打ち上げられるミサイルが映っていた。
韓国の軍事関係筋によれば、この機体は北朝鮮が2018年2月8日の軍事パレードで公開したロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」を独自に改良した機体である可能性が高いという。
イスカンデルは、ロシアが2000年代に実戦配備した。やはり、旧ソ連のミサイルを北朝鮮が改良したもので、2007年から2013年ごろにかけ、たびたび試射を繰り返していたKN02を発展させた兵器ともされる。
注目すべきは、労働新聞がこの北朝鮮版イスカンデルとも言えるミサイルを「戦術誘導兵器」と呼んだ点だ。
朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は4月17日、国防科学院が行った新型戦術誘導兵器の試射を視察している。当時、北朝鮮メディアは「特殊な飛行誘導方式と威力ある弾頭部の装着によって高評価を受ける兵器」と説明した。おそらく、5月4日の試射の前段階となる性能実験だったのだろう。
では、北朝鮮が独自に改良したイスカンデルを「戦術誘導兵器」と強調する理由はどこにあるのだろう。
北朝鮮の関係筋によれば、北朝鮮版イスカンデルは、誘導装備を導入した新型の地対艦弾道ミサイルだという。
北朝鮮は2018年11月16日、「先端戦術兵器の実験を行った」と発表していた。当時、私はこの実験が「地対艦誘導ミサイルのシミュレーションだった」と報じた。海上からの侵攻を防ぐ狙いがあり、正恩氏が視察するなか、海上を移動する目標に、地上から発射したミサイルを命中させるシミュレーションを行ったという。朝鮮中央通信は兵器の詳細は明かさず、「領土を鉄壁に防衛して軍の戦闘力を著しく強化する」と説明していた。
すなわち、北朝鮮は昨年11月に北朝鮮版イスカンデルのシミュレーションを実施。今年4月の部分的な試射を経て、5月4日に実際の発射実験を行ったことになる。
当時の朝鮮中央通信の報道をみれば、正恩氏は「過去3年間の研究開発事業を精力的に率いた」という記述がある。すなわち、2013年ごろから正恩氏は戦術誘導兵器の開発に力を入れてきたことになる。
そのうちの切り札が、この北朝鮮版イスカンデル地対艦弾道ミサイルだというわけだ。
北朝鮮が地対艦弾道ミサイルの開発に力を入れる背景には、朝鮮戦争の教訓がある。朝鮮戦争では、世に名高い仁川上陸作戦を契機に、戦況が北朝鮮軍に不利に傾いたからだ。
更に、近年では、米軍が春の米韓合同軍事演習などの際に、米原子力空母も派遣し、韓国・浦項沖などで上陸演習を繰り返した。2017年秋には、米空母3隻が相次ぎ、日本海に現れたこともあった。
北朝鮮が「先端戦術兵器の実験を行った」と発表した2018年11月は、まだ米朝協議が進行中だった。北朝鮮としては米国との交渉が最優先だった時期で、おそらく交渉を壊さないために、実験の詳細は伏せたと思われる。ただ、開発は米朝会談が進行している際もずっと続いていたが、おもてだった実験は避けていたのだろう。
これに比べ、現在、3回目の米朝首脳会談開催のめどは立っていない。東シナ海では、日米韓などが北朝鮮の「瀬取り」を駆使した石油の密輸を監視する作戦を実施している。
北朝鮮としては、各種メディアが報じているように、米国を対話に引き出したい思惑もあっただろうが、同時に、交渉が当面再開できない状況を逆に利用し、国連制裁決議違反になる短距離弾道ミサイルの発射実験に踏み切ったと言える。
ようやく「開発の成果」を確認できる時期が到来したというわけだ。
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