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「復帰っ子」の模索 沖縄の保守と日本の保守

【15】ナショナリズム 日本とは何か/沖縄と「祖国」⑤

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

復帰の年生まれの国会議員

拡大取材に応じる「復帰っ子」、国場幸之助衆院議員=4月、東京・永田町の衆院議員会館。藤田撮影
 自民党の国場幸之助衆院議員(46)。那覇出身で、沖縄では「復帰っ子」と呼ばれる72年度の生まれだ。

 実は私も生まれは1972年。この春、東京・永田町で国場さんに会ってそう伝えると、「そうですか。うれしいなあ」と相好を崩した。

 だが、同世代といえど沖縄生まれの「復帰っ子」が背負うものは大きい。かつて私が朝日新聞那覇支局にいたころ、知り合った年配の方々に「私も復帰っ子です」と言ってみたら、「ヤマト(本土)生まれは復帰っ子と言わんよ」とやんわり諭された。恥ずかしかったが、なぜそうなのかは少し後で述べる。

 沖縄で「コクバ」と言えば、祖父の国場幸太郎(1900~88)の方がまだまだ名が通る。戦後の沖縄でインフラから米軍基地の工事まで旺盛に手がけ、復興を支えた建設業者だ。本島北端の森深い国頭村出身で、小学生で大工の棟梁の家に年期奉公に出て、一代で沖縄最大の建設会社「国場組」を築いた。

 その孫で「沖縄の保守」を継ぐという国場さんは、衆院議員に初当選した翌年の2013年に塗炭の苦しみにまみれた。沖縄の自民党国会議員が避けて通れない、米軍普天間飛行場の移設問題での踏み絵だ。

拡大2013年11月25日、石破茂幹事長と会談後に記者会見に同席した国場幸之助氏(中央)ら沖縄選出の自民党国会議員=東京・永田町の党本部。朝日新聞社
 民主党から2012年に政権を奪還した自民党は、日米両政府の合意通りに名護市辺野古沖への県内移設を進めようと、沖縄が地元の党所属国会議員5人に同意を求めた。その前年の衆院選で初当選した際に県外移設を唱えた国場氏も、石破茂幹事長に押し切られた。

 自民党本部での記者会見で説得の経緯を語る石破氏の脇に5人が並び、真ん中で国場さんがうつむいていた。その様子は沖縄の地元紙に「琉球処分」に例えられた。明治初期に琉球王国が沖縄県として近代国家・日本に組み込まれていった出来事だ。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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