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原武史「米国は皇室に深く入り込んでいる」

男女差別、血統重視、米国傾倒…皇室の矛盾はますます露呈していく

石川智也 朝日新聞記者

「リベラル」が天皇に期待するのは筋違いも甚だしい

 ――政府は新天皇の即位儀式に際して恩赦の実施を検討しています。明治憲法下では天皇の恩恵的行為とされましたが、国民主権となった戦後も昭和天皇の大喪や徳仁天皇の結婚時に実施されています。

 国家的慶弔という理論的、法的根拠をいくら示しても説明がつかない。皇位継承時に一律の恩赦を実施する意味合いは、けっきょく戦前とまったく変わっていないと思います。背景にあるのは、先ほど述べた儒教的な仁慈という考えで、恩赦はいまだに先帝の遺徳あるいは新天皇の徳を示すための装置ということです。現行憲法下でこうした慣習が続いていることに、法学者はなぜもっと声をあげないのでしょうか。

 ――多くの日本人が天皇に求めているものは「人間的」なものではなく、むしろ聖性を帯びた超越論的な存在ということですか。

 宗教学者の阿満利麿は「天皇は現人神でなくなっても、日常の延長に非日常的な存在を保っておきたいという現世主義的願望に支えられ、生き神であり続けている」という趣旨のことを述べています。日本人が天皇に対し、人としての親愛の情を超えた非日常的な作用を求めている限り、天皇が「人間」になることは今後もないということでしょう。

拡大2018年11月27日、JR掛川駅

 ――少し別の角度から、天皇が果たしてきた役割を考えたいと思います。明仁上皇と美智子上皇后は日本国憲法の遵守の姿勢を明確にし、戦後民主主義とともに歩んできたとの印象が国民に共有されています。いわゆる「リベラル」側の人たちにもふたりへの共感は広がり、安倍政権の横暴を抑制するために、あるいは改憲を阻止するために、その防波堤機能を期待する声すらあります。

 ふたりの行動にはイデオロギーが希薄ですが、発言は寛容性を備えており、リベラルな知識人からもおおむね好感と称賛をもって迎えられています。知識人のなかにも、いまの皇室を民主主義の守護者のように思っている人は多い。

 しかし、民主主義を機能させるという本来政治が果たすべき役割を天皇や上皇にしか期待できなくなっているとすれば、極めて危うい状況です。内閣や国会を介さずに現在の政治のアンチと天皇がつながるのは、昭和初期の青年将校が抱いた超国家主義の理想に近い。「リベラル」が天皇にそうした権力や権威を期待するのは筋違いも甚だしい。

 ――明治政府は日本に国民国家らしきものをつくる際、統合の原理として天皇をもってきて、近代化に成功したとされています。GHQも敗戦時、安定した占領統治のために天皇を利用しましたね。それをさらに敷衍(ふえん)し、天皇制こそこの国で民主主義を可能にする条件だったとして積極的に評価する識者もいます。

 それは、明治以降の天皇制の歩みを単線的に捉えた不正確な認識だと思っています。

 近代天皇制を支える正統性はもっと多層的で複雑です。「万世一系」という血のフィクションにしても、南朝と北朝のどちらを正統にするかというやっかいな問題がありましたし、歴代の天皇は大正末期まで確定していませんでした。イデオロギーに見合う実態は、その段階まで未完成だったわけです。

 天皇の体調が悪化する大正後期からは、歴代天皇から外された神功皇后に思い入れをもつ貞明皇后の権力も無視できないものになっていきます。天皇の存在が常に社会や国家の中心や上位にあって、政治や国民を統合する機能を果たしてきたというわけではないんですよ。

 「みんな同じ日本人」という共同性も天皇がいなければ成立しなかったかといえば、必ずしもそうとは言えません。

 聖的な権威という意味でも、天皇が歴史の表舞台に登場した明治初期には、東西本願寺の法主や出雲国造など、それこそ「生き神」「生き仏」と拝まれるような巨大な宗教的カリスマが並立していました。出雲国造の千家尊福は西日本各地を巡教し、人々の崇拝の対象になっています。

 ――そのなかで天皇の権威だけが大きく広がったのは、形骸化していたとはいえ律令制の頂点にいたからですね。

 でも、それに関係した人はごくわずか。一般の人々にはほとんど存在感がなかったために、維新後に全国をまわってアピールする必要があったわけです。天皇が他と比べて特異だったのは、法主や国造が人々に説法したり積極的に語りかけたりするスタイルだったのに対し、基本的に無言でまわってときに御下賜金を与えるという方法をとった。つまり仁という徳で人々を感化するという儒教的なスタイルで、これが結果としてうまくいった。幕藩体制が崩壊して天皇がでてきてそこに権威が一気に一元化されたという単純な話ではありません。

 のちに「天皇制国家」と呼ばれるものは、行幸や教育やメディアによって紆余曲折を経ながら徐々にできていったものです。僕は、メディアが果たした役割が非常に大きいと考えています。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。岐阜総局などを経て社会部でメディアや教育、原発などを担当。2018年4月から特別報道部記者。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員。共著に「それでも日本人は原発を選んだ」(朝日新聞出版)等

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