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いま起きているのはナショナリズムの衰弱だ

ナショナリズムは高まっていない。むしろ病んで衰弱し発熱しているのだ

大野博人 朝日新聞編集委員

ナショナリズムが病んで衰弱し発熱している

 ナショナリズムの高まり。日本を含め今の多くの国で起きていることを、そう表現するのに大きなためらいをおぼえる。むしろ起きているのは逆ではないか。ナショナリズムが病んで衰弱し発熱している現象。

 近年、多くの民主主義国で自国回帰を唱える政治的な主張に支持が集まっている。米国で「アメリカ・ファースト」を掲げたドナルド・トランプ氏が大統領になったのが典型的な例として挙げられる。そのあとも、英国のEU離脱など似た現象が絶えない。最近ではスペインの総選挙で移民排斥を主張する右翼政党が躍進した。

 けれど、それは19世紀から20世紀にかけて高まり、世界を悲惨な戦争に投げ込んだ時代の現象とは別の病理ではないだろうか。

拡大中間選挙前の最終盤となった共和党の集会で演説するトランプ大統領=2018年11月4日、ジョージア州メイコン

 たしかに、たとえば日本では、尖閣諸島のような領土問題が起きると、ナショナリズムが盛り上がるように見える。その一方で、米軍基地問題では、同じ沖縄県の重い負担を少しでも引き受けてやわらげるために、ほかの地方が次々と手を挙げているわけではない。苦境にある同胞を助けなければという機運はほとんどない。

 同胞に連帯する気持ちを欠いた社会について、「ナショナリズムの高まり」をいうのはむずかしい。

 列強の帝国主義を追いかけ、周辺国とそこの人々を植民地支配下において、領土と人口を増やし、国力を増大しようとした戦前、ナショナリズムは自己を肥大化するための思想だった。

 しかし、一部の国民を「非国民」「反日」と排除し、苦しむ同胞に見て見ぬふりを続ける。これは自己の一部を切り捨てて縮小しようとする思想に見える。同じナショナリズムという言葉で呼んでいいのだろうか。国旗や国歌を強制しようとしたり、教育勅語などを持ち出し、復古的な思想をことさら称賛する言説が目立ったりするにしても、それは衰退するナショナリズムの断末魔の叫びのように聞こえる。

 10年前、インドの知識人でノーベル賞受賞者のアマルティア・セン氏にナショナリズムについて聞いたとき、こう話していた。

 「ナショナリズムは宗教対立などを超えて人々を統合する力を持つ。インドは人口の80%がヒンズー教徒で、ほかの宗教信徒はマイノリティーだ。しかし、首相はシーク教徒で与党党首はキリスト教徒。大統領がイスラム教徒だったこともある。これを可能にしたのはナショナリズムだ。みんなインド人と見るからだ。ナショナル・アイデンティティーが宗教的なアイデンティティーを圧倒したのだ。日本でもナショナリズムは第2次大戦でネガティブな働きをしたが、明治維新からの発展は、国民統合の感覚なしにはなしえなかったことだろう」

拡大アマルティア・セン氏=インド南部ベンガルール

 そのインドで今、モディ首相はヒンドゥー教に傾斜し、イスラム教徒らを「よそ者」視して支持を集めている。「みんなインド人」というナショナリズムは、宗教による国民分断の動きに劣勢を強いられている。

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筆者

大野博人

大野博人(おおの・ひろひと) 朝日新聞編集委員

1981年朝日新聞入社。ジャカルタ、パリ、ロンドンの特派員などを経て、2012年に論説主幹。現在は編集委員。

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