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仏エリートの牙城の廃止を提唱したマクロンの勝算

黄色いベスト運動でENA廃止を提唱。格差の元凶、エリート支配は一掃されるか?

山口 昌子 在フランス・ジャーナリスト

国家的事業だったENA創設

 ENAは「国家の鏡」とも「権力の苗場」とも言われ、良くも悪くも、フランスという中央集権国家、国家的団結や国家権力が極めて強いこの国を象徴している。1958年の第5共和制発足以来、大統領はジスカールデスタン、シラク、オランド、マクロンで4人目だ。首相はシラク、ジュペ、ジョスパンなど9人を輩出。現政府でも、フィリップ首相、パルリ軍事相、ルメール経済相がENA出身、すなわち「エナルク」である。

 エナルクが注目されるようになったのは、1974年に誕生したジスカールデスタン政権からだ。大統領のジスカールデスタンと首相のシラクがエナルクのうえ、多数のエナルクが閣僚などの政府の中核を占めた。さらに、81年に発足した初の社会党政権であるミッテラン政権で、この傾向が一層強まった。

 60年代まで、秀才校出身のエリートといえば、ノルマリアン(高等師範学校卒)やポリテクニック卒だった。ENAは第2次世界大戦後の1945年に誕生したので、歴史が浅く、一般にまだ、知られていなかったからだ。創設者したのは、臨時政府時代の首相だったドゴール将軍。当初は、権力の座にアグラをかいている従来のエリート層を排除することが目的だった。

 そもそも、ENAは第2次世界大戦後のフランスの国家的事業だった。どういうことか。歴史をひもといて見てみよう。

ナチ・ドイツによる占領を招いたエリート

拡大ドゴール氏
 ナチ・ドイツに占領されたフランスは、辛うじて戦勝国になったが、歴史家のマルク・ブロックは著書『奇妙な敗北』で、占領を許したのはエリートが責任を果たさなかったからだと指摘し、エリートを断罪した。エリートがダメな国はダメというわけだ。

 第2次世界大戦中、レジスタンスの「自由フランス」を率いて戦い、戦後、大統領になったドゴールもまた、真のエリート教育の必要性を痛感していた。戦前、政府の外交、国防のトップや議員らは、ヒトラーの侵攻を手をこまねいて傍観したばかりか、戦時中は対独協力に走り、結果的に国家を裏切ったからだ。

 ドゴールは、国家の土台であるべき高級官僚の間に、三色旗とラ・マルセイエーズに代表されるフランス共和国の理念「自由、平等、博愛」を死守する気概がまったくなく、理念とは正反対のヒトラーの全体主義、ユダヤ人殲滅(せんめつ)という人種差別、反人道主義に敗れたことをとりわけ重視し、高級官僚を養成する場所として、ENAの創設を決意したのである。

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在フランス・ジャーナリスト

産経新聞パリ支局長を1990年から2011年までつとめる。著書に『ドゴールのいるフランス』(河出書房新社)、『フランス人の不思議な頭の中』(KADOKAWA)、『原発大国フランスからの警告』(ワニブックスPLUS新書)、『フランス流テロとの戦い方』(ワニブックスPLUS新書)、『ココ・シャネルの真実』(講談社+α新書)、『パリの福澤諭吉』(中央公論新社)など。ボーン・上田記念国際記者賞、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞。

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