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変な党名から見えた細川護熙氏の新・新党への執念

元参院議員・円より子が見た面白すぎる政治の世界⑨細川さんの拍子抜けする穏やかさ

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

離党したとたんに新進党が瓦解

 12月18日、新進党の党首選がホテルオークラで行われた。小沢一郎さんと鹿野道彦さんの一騎打ちで、結果は小沢230、鹿野182。再び小沢さんが党首に選ばれた。翌日、木幡弘道衆院議員ら、細川さんと行動を共にしたい日本新党系議員と私は、国会図書館の会議室に密かに集まり細川さんと会談した。それが夕刊に、「細川さんが新党結成」とすっぱぬかれる。

 12月22日、私は西岡武夫幹事長に離党届を出した。西岡さんが「円さん、ありがとう」というから驚いたが、それは「小沢の悪口ばかり言って離党する輩ばかりのなか、あなたはきちんと政策が合わないと理由づけてくれているし、新進党ではなく、日本新党の比例で当選した人だからね。離党は残念だけど届を受理します」ということだった。

 離党の記者会見を行った後、私は各議員の事務所をまわったが、みんな大騒ぎになっていた。仲の良かった伊藤英成衆議院議員は私を議員室の応接室に招き入れ、「円さん、あなたの離党前に、新進党自体がなくなる」と沈痛な面持ちだった。

拡大新進党が6党に分裂。「自由党」の党名を発表する小沢一郎氏=1997年12月30日、東京都港区
 新進党は、小沢、鹿野の両氏が党首選を争うかなり前から、羽田、細川両元総理の離党や自民党による引き抜き工作で求心力を失いつつあったのだが、小沢執行部が自民党との大連立構想を模索したため、反対論が吹き出していた。求心力を失っていた小沢さんは、再選されるやいなや、27日の両院議員総会で新進党の分党と新党の結成を宣言したのだ。この総会には、既に離党していた私は出席していない。

 この後、小沢さんは自由党を結成。党首選で敗れた鹿野さんは「国民の声」を結党して党首になった。民社系は「新党友愛」、公明系は「新党平和」と、新進党は四分五裂してしまったのだ。

党名が「フロムファイブ」になったわけ

 細川さんや私は新しい党「フロムファイブ」を立ち上げ、年末から翌1月まで国会近くのキャピトル東急に集まっては、他党との連携を探っていた。

拡大フロムファイブの5人。左から樽床伸二さん、円より子、細川護熙さん、上田清さん、江本孟紀さん=1998年1月23日(筆者提供)
 フロムファイブなんて変な党名という人が少なくない。初めて5人で集まったとき、「党名どうしましょうね」と細川さん。「ノルウェー語でフラムというのは出発という意味で、バイキングが荒海に乗り出す感じ。そんな名前も面白い」と私が言うと、「英語のフロムと同じ語源なら、5人だからフロムファイブか」と樽床伸二さんが応じる。それでなんとなくフロムファイブに決まってしまった。

 細川さんは、日本新党時代、機関紙コムネット編集長の私に「編集会議のメンバーに入れてほしい」といってきた人だ。元朝日新聞の記者というだけでなく、言葉遣いや、文章に一家言を持っている。その人が余りにもあっさりと、思いつきで口にした党名を了承した。細川さんはこの党に全くこだわっていない。先を見ているのだと直観した。

 新進党の分裂で、熾烈(しれつ)な新・新党結成の動きが始まっていた。首謀者の一人はもちろん細川さん。そして、フロムファイブはついに一度も準備された党本部に入ることなく終わる。フロムファイブも参加して民政党、さらなる大同団結で民主党ができたからだ。私が感じた通り、フロムファイブはそのためのつなぎだったのだ。

権力掌握がすべて。小池百合子さんのすごみ

 細川さんは一人でも多く、仲間を集めてほしい、誰と誰に会ってほしいと昼夜なく私に電話してきたが、その中に小池さんの名はなかった。彼女はとうの昔に、細川さんより小沢さんに近づくようになっていたからだ。細川さんの総理在任中は、妻の佳代子さんが熊本に帰った留守を狙って公邸に会いに行くと、週刊誌に書かれたりした小池さんである。小沢さんのときはしょっちゅうゴルフを共にし、飲む時は平気で小沢さんのひざに座ると悪口を言う記者もいた。

 そうしたことから、「女の武器」を上手につかうと噂されたが、私はそうは思わなかった。小池さんは美人でコケティッシュに見えるが、男っぽい気性の持ち主。女性蔑視の強い週刊誌など一部のメディアは、通俗的な見方で彼女の本質をとらえず、おもしろおかしく書くが、彼女は権力を握ることを最大の目的にし、そのために使える人は使うということを徹底しているだけだと私は思っていた。

 政治の世界は権力がすべてのところがある。私のように、子どもの人権や教育機会の均等をどんなに誠実に希求し、質問しようが、実際に権力を持たないと何もできない。

 フルシチョフがスターリンに気に入られるために、自分の信条を押し隠して、首相にのし上がったように、政策など二の次で、まず権力を握る必要があるというのが政治だ。小池さんはまさにそれを地で行く女性だと私は思っていた。だから、2017年の希望の党の失速は、小池さんの思い上がりというより、誰かはわからないが、大きな力に利用されたと私は思うのだ。

 それはともかく、小池さんが衆議院に鞍替えしたことで、参議院議員になれたのだから、私は彼女に感謝していた。だが、彼女は松崎さんの除名によって私が繰り上げ当選になることを悟ったとき、鞍替えしたことを「しまった!」と言ったらしい。それを真横で聞いていたという細川さんに近い人から25年後に私は知らされ、「円さんは甘いわね」と言われたものだ。

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筆者

円より子

円より子(まどか・よりこ) 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

ジャパンタイムズ編集局勤務後、フリージャ―ナリスト、評論家として著書40冊、テレビ・講演で活躍後、1992年日本新党結党に参加。党則にクオータ制採用。「女性のための政治スクール」設立。現在までに100人近い議員を誕生させている。1993年から2010年まで参議院議員。民主党副代表、財政金融委員長等を歴任。盗聴法強行採決時には史上初3時間のフィリバスターを本会議場で行なった。

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