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北朝鮮が発射した短距離ミサイルの正体

金正恩委員長が瀬戸際外交の本領発揮

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

北朝鮮が5月9日に行った火力攻撃訓練=労働新聞ホームページから

1週間で2度の発射

 北朝鮮の金正恩委員長がクレバーでしたたかな本領を発揮している。短距離ミサイルをたて続けに発射するなど、得意の瀬戸際戦術で、経済制裁をなかなか緩めないトランプ政権への揺さぶりを強めている。4月に自らが一方的に「期限」と設置した2019年末までに米朝交渉が進展しないであれば、朝鮮半島で再び緊張を高めるぞとのメッセージをトランプ大統領に突きつけている格好だ。

 北朝鮮は5月に入り、4日、9日とわずか1週間以内に2度も短距離ミサイルを発射した。北朝鮮国営の朝鮮中央通信社(KCNA)は4月18日にも「新型の戦術誘導兵器」の射撃実験を行ったと報道しており、これが事実通りであれば1カ月以内に3度の発射を強行したことになる。

発射されたミサイルの正体

韓国の短距離弾道ミサイル(SRBM)の「玄武(ヒョンム)2」(左)、ロシアのイスカンデルM(中央)、北朝鮮が5月4日に発射したミサイル(右)はどれも外観形状がよく似ている。ドイツのミュンヘン在住のミサイル専門家、マーカス・シラー博士のツイートから
 筆者が東京特派員を務めるイギリスの軍事週刊誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーでは、5月中に2度発射されたミサイルが、ロシアの新型の地対地ミサイルシステム、9K720「イスカンデルM」や「イスカンデルE」をベースにした短距離弾道ミサイル(SRBM)とみている。イスカンデルMはロシア連邦軍用、イスカンデルEは輸出用だ。

 KCNAがそれぞれ発射翌日の5月5日と10日に公開した写真によると、発射されたミサイルは、そのイスカンデルMとイスカンデルEで使用される近・短距離ミサイルの9M723(ロシア軍用)と9M732E(輸出用)と酷似している。国際的に有名なジェーンズの兵器年鑑である「ジェーンズ・ストラテジック・ウェポン・システムズ」によると、最大射程距離は9M723が500キロ、9M723Eが280キロとそれぞれなっている。

 韓国軍によると、北朝鮮が4日に発射した短距離ミサイルを含む飛翔体の射程距離は70~240キロメートル。また、9日に発射した2発の射程距離はそれぞれ270キロ、420キロと推定されている。

 240キロと270キロのより短い射程距離は輸出用の9M723Eとロシア軍用の9M723のいずれでも達成できるが、より長い420キロの射程距離は国内向けの9M723でしか実現できない。

 北朝鮮がこれらのロシア軍用や輸出用のミサイルを輸入して保有しているのか、あるいはそれらをコピーして自国生産したのかは分かっていない。

 ちなみに、イスカンデルの外観形状は韓国のSRBMの「玄武(ヒョンム)2」と類似していることも軍事専門家の間では広く知られている。ジェーンズでは、玄武2とロシアの9M723が似ている背景には、2005年4月に発表された韓露の軍事協力の了解覚書(MOU)がある可能性を指摘している。このMOUにはミサイルや宇宙システム分野も盛り込まれており、ロシアから韓国にミサイルの軍事技術移転が進んだ可能性がある。ロシアは南北朝鮮を相手に巧みに軍事的なディールをしてきたことがうかがえる。

2018年2月に登場していた新型ミサイル

 実は、北朝鮮が4日と9日に発射した新型ミサイルと似たものは、北朝鮮軍創建70周年を記念して2018年2月8日に平壌で行われた軍事パレードでも登場していた。

 しかし、5月発射のそれらのミサイルを搭載した移動式発射台(TEL)は、その軍事パレードで登場したTELとは違っていた。

 5月4日は装輪(タイヤ)式、9日は装軌(キャタピラー)式のTELがそれぞれ発射に使われていた。4日の装輪式TELは、フロント窓枠が3つあるなど、ベラルーシの国営企業ミンスク自動車工場製のMZKT-7930 ASTROLOGトラックをベースにした、9K720「イスカンデルM」「イスカンデルE」用ランチャーの9P78-1と9P78-1Eに酷似していた。

 そもそもロシアの9K720イスカンデルは、ミサイル2基が発射台ごとトラックの荷台に搭載され、風雨から守るためにも折りたたみ式の扉で覆われ、発射時には扉を開き、ミサイルを起立させるものだ。

 一方、2018年の軍事パレードに登場した6両のTELは、同じ4軸装輪式(8輪駆動)ではあったが、フロント窓枠が2個であるなど、形状が違っていた。ジェーンズでは、これらの軍事パレードで登場した6両が北朝鮮の国内向けの輸送用ローダーか、本物のTELに見せかけた単なるモックアップだった可能性があるとみている。

北朝鮮版ASBMの是非

 さて、今回発射されたミサイルが北朝鮮版の地対艦弾道ミサイル(ASBM)とみる向きがあるが、ジェーンズのミサイル専門家を含め、多くの軍事専門家はその見方に懐疑的だ。

 そもそも今回発射されたミサイルの形状がASBMに見えないうえに、軍艦のような動く標的に対して制御誘導されながら飛翔する弾道ミサイルの製造は極めて難しい。また、北朝鮮には、射程は今回発射されたミサイルよりは短いものの、「金星(クムソン)3」と呼ばれる沿岸防御巡航ミサイル(CDCM)がすでに存在している。

 ドイツのミュンヘン在住のミサイル専門家、マーカス・シラー博士は筆者の取材に対し、次のように答えている。

 「今回発射のミサイルが地対艦弾道ミサイル(ASBM)と解釈されているとは私にとっては初めて聞くことだ。しかし、ロシアの(弾道ミサイルの)キンジャールが、空中発射のイスカンデル以外の何物でもないことを考えると、その解釈もそれほど的を外れてはいない。ロシアはキンジャールが対艦ミサイルだと主張している。とはいえ、もともとのイスカンデルは地対地ミサイルだけの役目を負っていた」

 「北朝鮮がロシア製の対艦ミサイルを手に入れたとしても、

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