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安倍首相と明仁上皇(下)

「国民統合の象徴」を問う上皇のメッセージを封印した安倍政権の有識者会議

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

政治学者、岡義武の『近代日本政治史Ⅰ』

拡大「退位礼正殿の儀」でおことばを述べる明仁上皇=2019年4月30日、皇居・宮殿「松の間」
 「国民統合の象徴」の意味を追い求める旅の最終到達地点の近くに来て、生前退位を思う明仁上皇の強い意志はどこから来ていたのだろうか。

 前回の『安倍首相と明仁上皇(上)』で記したように、明仁上皇は、日本人として忘れてはならない日付として四つ挙げている。6月23日・沖縄慰霊の日、8月6日・広島原爆の日、同9日・長崎原爆の日、同15日・戦争の終わった日だ。

 そして、何度も訪れた沖縄や長崎、広島、サイパンやパラオなどの激戦地慰霊訪問、沈没して約1500人の子どもたちが犠牲となった那覇市の対馬丸記念館訪問にうかがわれるように、明仁上皇の旅は、悲劇の歴史に対するひとりの人間としての深い感情と洞察に由来している。

 平和への強いメッセージを発し、戦争の犠牲者への慰霊の旅を黙々と続けてきた明仁上皇が思い描く「国民統合の象徴」の像はここに来ておのずと明らかだろう。そして、憲法の最大の柱のひとつである平和主義への旅を公務として続けられなくなってきた高齢の段階になって、その「象徴」の役割は次の世代に引き継がれなければならない。これが、生前退位にかける明仁上皇の真意だった。

 明仁上皇のこの真意は自らどのように養い、どのように醸成されてきたのだろうか。その由って来たる場所をもう少し探索してみたい。

 その探索作業の過程で見えてくるものは何だろうか。明治以降の近代天皇制に対する客観的な理解と、戦争に急傾斜していく戦前政治への正確な知識を自ら身につけたことによって深い歴史的な洞察力を獲得した明仁上皇の姿だ。

 2014年10月、東京・高島屋日本橋店で「天皇皇后両陛下の80年」特別展が催された。そこに展示された明仁上皇の愛読書の中に、皇太子時代、常時参与の小泉信三とともに読んだ『ジョージ五世伝』の原書と並んで、政治学者、岡義武の『近代日本政治史Ⅰ』(創文社)が置いてあった。

 「教科書で使ったとかという意味で並べたんじゃありません。自分が影響を受けた本として陳列したんです」

 この時、明仁上皇と会話を交わした関係者が聞いた上皇の言葉だ。

 幕末以降、大日本帝国憲法が制定されるころまでの明治期の政治史を叙述したこの本には、藩閥勢力による天皇制官僚国家の成立と、教育勅語発布による天皇制ナショナリズムの萌芽が明瞭に指摘されている。

 前回の『安倍首相と明仁上皇(上)』で紹介したが、丸山眞男とアーネスト・ゲルナーは天皇制官僚国家とナショナリズムの明治以来の原初的な構造をそれぞれに追究した。この構造について、明仁上皇は深く理解していたと言えるだろう。

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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