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MMT(現代貨幣理論)なんてあり得ない!

いま話題の経済理論。本当ならあまりに都合がいいけれど……

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

MMT(現代金融理論)の勉強会で講演する中野剛志氏(中央)。手前は勉強会を企画した安藤裕・衆院議員=2019年4月22日、東京都千代田区の衆院第2議員会館MMT(現代金融理論)の勉強会で講演する中野剛志氏(中央)。手前は勉強会を企画した安藤裕・衆院議員=2019年4月22日、東京都千代田区の衆院第2議員会館

 10月の消費増税の期限が迫るなか、政界と経済論壇の一部でMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)が話題を呼んでいます。仮にこれが正しいとすると、極めて都合の良い経済理論・政策です。

 しかしながら、短いながら行政-予算編成の現場にいたものとして、MMT理論は実現不能と断言できます。なぜなのか。本稿ではこれを論じたいと思います。

MMTは「地動説」的発想の転換?

 MMTは、主張する人によって内容が異なっているので、論じづらいところがあるのですが、とりあえず日本におけるMMTの中心的論者である中野剛志氏の記事

「異端の経済理論「MMT」を恐れてはいけない理由」
「財政赤字容認の「現代貨幣理論」を“主流派”がムキになって叩く理由」
で記載されているものが、MMTの内容であるとして議論を進めましょう。

 このなかでは、MMTは「地動説」的発想の転換であるとして、以下の主張がなされています。

1.銀行の預金が貸し出されるのではなく、預金は貸し出しによって生まれる
2.通貨発行権を持つ国は財政赤字では破綻しない
3.財政赤字は民間の貯蓄を増やす
4.財政赤字によって通貨供給量が増える
5.財政赤字は金利上昇をもたらさない
6.財政赤字がインフレを招いたら、財政赤字を止めればいい(やめる事が出来る)

 ところが、このうち1~5は標準的経済学でも同じ結論になります。

新しくもなんでもないMTTの五つの主張

 1を、MMT論者は「地動説」的と主張しますが、そもそも「地動説」に立っても、運動は相対的、地球が太陽に対して動いているとも、太陽が地球に対して動いているとも言い得ます。

 預金が貸し出しを作るのか、貸し出しが預金を作るのかも同じ話で、同じ物事をどちらから見ているかに過ぎません。標準的経済学でも預金が貸し出しによって生まれると考えることもあり、特段新しい考え方ではありません。

Sakarin Sawasdinaka/shutterstock.comSakarin Sawasdinaka/shutterstock.com
 2は、言うまでもなく当然で、どんなにインフレが進もうが、国家権力が国家権力である限り、お札を刷って支払いをすることは可能です。これを否定する経済学はありません。

 3も、(民間貯蓄超過)=(政府財政赤字)+(経常収支黒字)と言う標準的ケインズ経済学からの当然の帰結です。何も新しくありません。

 4は標準的経済学と違うように見えますが、それは標準的経済学では、財政赤字をファイナンスするための資金を、赤字国債を市中に売却することで調達するからです。この場合政府は、赤字国債を売って民間から通貨を受けとり、それを使いますから通貨供給量は変わりません。

 しかしMMTでは、暗黙のうちに、発行した赤字国債を中央銀行が直接引き受けるか、現在日銀がやっている「異次元の金融緩和」のようなことをして、ほぼ全量を買い取ることが前提となっています。そうなれば日銀の保有する通貨が新たに市中に供給されますから、当然通貨供給量は増えます。従って財政赤字で通貨供給量が増えるかどうかは、財政赤字をファイナンスする為の赤字国債をどう発行するか(発行した後どうするか)の手段の違いによる帰結であって、理論の違いによる帰結ではありません。

 54と同じことで、標準的経済学では、赤字国債を市中に売却するので、民間の資金が政府に吸収されて逼迫(ひっぱく)し、債権の値段が下がって金利が上昇します。

 しかし、例によってMMTが暗黙のうちに前提としている、中央銀行の赤字国債の直接引き受けや「異次元の金融緩和」でほぼ全量買いとってしまえば、資金が市中に供給され、債権の値段が上がって金利は上がりません。ここでも、金利が上がるかどうかは、赤字国債をどう発行するか(発行した後どうするか)という手段の違いによる帰結であって、理論の違いによる帰結ではないのです。

 つまり、MMTの「地動説」的新理論(新事実)と言われている1~5は、新理論でも新事実なんでもなく、単に信用創造を逆の方向から見ているか、若しくは「赤字国債を日銀が直接引き受ける(大量に買う)かどうか。」の違いなのです。

 なお、15の帰結から、「赤字国債を直接中央銀行が引き受ける、すなわち国が直接お金を刷るなら、インフレが起こるまでの間は、財政赤字によって、通貨供給量が増え、金利は上がらず、民間の貯蓄が増える」という、ずいぶんお得なことが起こるのですが、あるところを超えるとインフレが起こります。これは直感的には少々分かり難いので、私のHPに「山田家の肩叩き券によるMMTモデル」を記載しました。よかったら併せてご覧ください)

財政の現状を知らないナンセンスな意見

 ちなみに日銀の国債の直接引き受けは、日銀法で禁止されていて、法改正をしない限り出来ないのですが、それはひとまずおいて、最後の6、「財政赤字がインフレを招いたら、財政赤字を止めればいい(やめる事が出来る)」について考えてみましょう。

 まずもって、MMTでは基本的に財政赤字においては、日銀が発行された赤字国債を直接引き受けるか買い取るかしますので、財政赤字を続ける限り通貨供給量は増え続け、どこかで必ずインフレが発生します。これはMMT論者も認めています。またインフレは富の分配の不公正や「インフレ税」の効果をもたらして人々の効用を下げるので、一定のレベルを越えたインフレ(恐らく5%以上のインフレ)は放置すべきではないことも認めています。

 そのため、インフレが発生したら何とか対処しなければならないのですが、ここでMMT論者は、「例えば『インフレ率2%となったら財政赤字を終了する』と言う法律を作ればいい。そうすれば民主主義的にインフレを退治できる」という6にそった主張をしているわけです。

 これは本当でしょうか?

 私は、「あまりに財政の現実を知らないナンセンスな意見」と一刀両断にさせていただきたいと思います。

予算は急には変えられない

hxdbzxy/shutterstock.comhxdbzxy/shutterstock.com
 予算は、国なら総理大臣-各官庁が作成して国会に提出(県においては知事―県庁の職員が作成して議会に提出)します。傍から見ると、それこそ民主主義で選ばれた総理大臣(知事)が、出来上がった予算を上から出してくるのだから、前年まで赤字であっても、次の年から黒字予算を作るのは簡単に見えるかもしれません。

 しかし予算は決して一枚の紙ではなく、あの事業に○万円、この団体に○万、あっちの工事に○万円、こっちの補助金に○万円という、何千何万という「お金を払う予定」の集合体です。そしてその「お金を払う予定」は、何千何万という相手にとって、大事な大事な「お金を貰う予定」になります。

 予算の作成は半年以上をかけて、あれやこれやの団体や個人の主張を聞き、利害調整をした末にできるもので、例えば12月にインフレ率が2%になったからと言って、次の年の予算をいきなり変えられるようなものではありません。どう頑張っても対応できるのは次の次の年の予算になり、インフレは少なくとも1年以上放置するしかありません。

 そのうえ、例えば昨今話題の保育園・幼稚園などを例にとると、補助金はこういった施設の運営の非常に大きな割合を占めており、保育園・幼稚園では、去年あった予算は今年もあるだろうことを前提に、保育士さんなどの職員さんが雇用され、児童が園に通っています。「インフレ率が2%になった」からと言う理由で突然この補助金を切れば、保育士さんはじめとする職員さんは軒並み失業、児童も通う園がなくなって、大パニックになってしまいます。

 もちろんこれには、「そういう影響がある予算は残して、そういう影響がない予算-公共事業等を削ればいい」と言う反論があるでしょうが、予算はどれも大事なものです。公共事業だって、去年あった程度の額の工事は今年もあるものと思って、土木建築会社は人を雇い設備を保有します。「インフレ率が2%になった」と言う理由で突如これを削減したら、やはり倒産と失業のオンパレードで大パニックでしょう。

政治的コストが大きい予算の変更

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 さらに予算は、ご承知の通り、議会の議決を経て承認されなければ成立しません。例えば現在日本はざっと60兆円の税収で100兆円の予算を組み、毎年40兆円の赤字を出しているのですが、「インフレ率が2%に達した」(「アベノミクス」的にはとっくに達成しているはずの目標ですが)途端に、その年の予算をいきなり40兆円削減して60兆円の予算を提出したら(何を切ったら60兆円にできるのか見当もつきませんが)、さすがに全野党が大反対、マスコミも完全に同調します。

 いかに安倍晋三首相・菅義偉官房長官のコンビが党内を完全に押さえているとはいえ、与党内にすら造反者が出かねず、その年に選挙があろうものなら自民党の大惨敗に終わるでしょう。それを避けるには、せいぜいが毎年5%程度の予算削減を続けるしかないと思われますが、それだと均衡予算に達するには8年ほどかかり、その間インフレは継続することになります。

 つまり、予算というものは、一度それを作ったら、それを前提とした様々な社会構造が出来上がり、変更するには多大な経済的社会的コストを要するうえ、民主主義社会においては政治的コストも膨大で、インフレ率を見て突然変えるなどと言うことは到底出来っこないものなのです。

容易ではない増税による財政赤字削減

 「それなら増税して財政赤字を減らせばいい」との反論がありえますが、それも容易なことではありません。先ほど述べた通り、日本は現在60兆円の税収で100兆円の予算を組んでおり、毎年40兆円もの財政赤字をだしています。これに対して財政健全化を一つの目的として、10月に2%の消費税増税を行うことが予定されているのですが、この増税で増加する税収は4兆円程度に過ぎません。

 従って、仮に日本政府がMMTを採用し、「財政赤字は幾ら継続しても大丈夫!」として40兆円の財政赤字を放置し、例えば5年後にインフレ率が2%に達した時に財政赤字を止めようとするなら、消費税を20%ほど上げて30%にしなければいけません。MMT論者は、よく「インフレによって税収も上がるから大丈夫!(財政のビルトインスタビライザーと言います。)」と主張しますが、政府の試算等から1%のインフレがあった場合の税収増は1兆円程度と見込まれ、とても足りません。

 2%の消費税増ですら様々な反対意見があり、景気への影響が懸念されているのに、いきなり20%の増税を決めること自体、政治的に極めて困難で、しかもその影響は甚大でしょう。

 仮に「消費税20%増税法案」など出ようものなら、国会は大紛糾。選挙で与党は惨敗です。断行しても倒産の嵐、死屍累々は必然と思われます。勿論、ここでもいきなりではなく消費税を2%ずつ上げるという選択肢もありますが、それなら均衡財政に持っていくまでに10年程必要で、その間ひたすらインフレが継続する事になります。

 要するに、MMT論者の唯一の新しい主張(ただしこれは古い主張でもある)といえる、「万一インフレになったら財政を均衡させれば大丈夫」は、その経済的・社会的・政治的コストがあまりに膨大で、ほとんど不可能なのです。

 そしてその帰結として、いつかは生じるインフレが万一許容出来る範囲を超えた場合に即座に対処するためには、標準的経済学が教える通り、平素から日銀の国債の直接引き受けは行わず、均衡財政とは言わないまでも財政赤字を一定の範囲に抑えておくしかないのです。

「リスク対応先延ばし経済理論」にのるな

 結局のところ、MMTは

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