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家族の憲法論、その不在について(上)

杉田水脈発言を回顧せずに「平成」は総括できない

駒村圭吾 慶應義塾大学教授(憲法学)

自民党の杉田水脈衆院議員=2018年10月24日拡大自民党の杉田水脈衆院議員=2018年10月24日

杉田発言 ―「生産性」を指標とする家族論―

 平成から令和に時代が移ったその瞬間、あたりまえであるが、夜は昨日とまったく同じように果てしなく続いていた。この際、終わりゆく平成の余韻を味わおうと思い、窓の外にひろがる闇をじーっと見つめていると、宮崎駿でもイチローでも小泉純一郎でもなく、なぜか杉田水脈衆議院議員の顔が現れた。やはり、同議員の発した例の発言がずっとひっかかっていたようで、そのことを抜きにして平成は語れないのではないか、と無意識のうちに思い続けていたのだろう。

 「例の発言」とは言うまでもなく、新潮45(2018年8月号)においてなされた、「・・・LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」という発言に代表される一連の挑発的言辞のことである。

 一連の発言に対する批判や顰蹙は多数にのぼるので、ここでは繰り返さないが、どこかの落書きならともかく、国会議員の発言として看過できないのは、次の点である。子供をもうけないと「生産性」が低いとなじられるが、では子供をもうけて「生産性」をあげるとどうなるのか。雇用の場から追い出されるだけでなく、医学部の入試からも排除される始末である。このディレンマを受け止め、どうにかするのが国会議員の使命であろう。少子化対策を国家的課題と見る自民党にとり、「生産性」に貢献する国民は願ってもない存在であるはずだ。子育てや女性総活躍に「税金を投入すること」は「賛同が得られるもの」に他ならない。しかも、「LGBTのカップルのために税金を使うこと」が、総体的に見た場合、それこそ「生産性」を上げる可能性すらあると指摘されている。要するに、「生産性」を指標に税金の投入効果を測定しているらしいが、とてもきちんと取り組んでいるとはいえず、待機児童対策等をはじめ「賛同が得られるもの」ですら税金は依然として十分に投入されていないのが現状である。

 もっとも、同議員によれば待機児童問題はコミンテルンの世論操作によって作り上げられた虚構であり、存在していないことになっている。とすれば、待機児童解消加速プランを推進してきた自民党と安倍政権を徹底的に批判していただき、存在しない問題に税金を投入するという「生産性」なき政策を早急に阻止してもらいたいものである。

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筆者

駒村圭吾

駒村圭吾(こまむら・けいご) 慶應義塾大学教授(憲法学)

1960年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。白鷗大学法学部を経て、2003年より慶應義塾大学法学部に勤務。2013年より慶應義塾常任理事。慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート初代所長、ハーヴァード大学ライシャワー研究所憲法改正研究プロジェクト諮問委員。主著に『憲法訴訟の現代的転回』(日本評論社)、編著に『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂)、『テクストとしての判決』(有斐閣)など。