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災害関連死を減らす方法は…首都直下地震に備えて

東日本大震災から8年。日本の災害対応能力は向上したのか?(2)

阿久津幸彦 立憲民主党衆議院議員(比例東北ブロック)

Katsuhiro/shutterstock.com

 東日本大震災から8年がたちます。「3・11」のとき、政府の現地対策本部の本部長代行として約2カ月間にわたり現地で対応にあたった筆者が、災害対応、防災・減災などのスペシャリストと対談するこの企画。第二回は、被災地でエコノミークラス症候群の予防活動を行い、避難所への簡易ベット設置の必要性を訴えている新潟大学特任教授の榛沢和彦さんに話を伺いました。

 いつやってきても不思議ではない首都直下型地震に、日本はきちんと対応できるのか? 昨年末に榛沢さんと視察に訪れたイタリアの事例も参考にしつつ、災害大国・日本の防災体制や避難所の問題点や課題について、あらためて考えました。

榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)
新潟大学大学院医歯学総合研究科 先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授
医学博士。新潟大学医学部卒。東日本循環器病院心臓血管センター、新潟大大学院医歯学総合研究科講師などを経て、2018年より現職。専門は心臓血管外科。新潟県中越地震、宮城・岩手内陸地震、東日本大震災などの被災地で、エコノミークラス症候群の予防活動を行い、その経験から避難所への簡易ベット設置の必要性を訴えている。避難所・避難生活学会理事長。

榛沢和彦さん(左)と話す阿久津幸彦

急がれる首都直下型地震への対応

阿久津 榛沢先生とは、先日、防災先進国イタリアへの視察にご一緒し、防災先進国の対策がどうなっているのか、日本はどこを改めればよいのかを議論させていただき、とても有意義な時間となりました。

 特に忘れられないのは、南海トラフ地震と首都直下型地震の被害想定について議論したときのことです。私は政治家として国民の生命を考え、想定されている死者数(南海トラフ33万人、首都直下型2万3,000人)を引き合いに出し、南海トラフがより深刻ではないかと言った際に、先生が「それは、違う!」と譲らず、「首都直下型は、帰宅困難者ひとつとってもどんな混乱があるかわからない」というお話をされました。

 おっしゃる通りで、首都直下型で、もし熊本地震並みに直接死の4倍以上の災害関連死が起こったと想定すると、単純計算で10万人以上の死者が出ることになる。仮に日本の首都東京で10万人以上の死者が出た場合、世界の日本に対する安全神話は壊れ、信用は失墜するでしょう。観光客は激減、大使館は東京においておけないと郊外に転出、もちろん株価は暴落、為替は大幅な円安か円高に振れ不安定となる。世界的な信用を失って、日本売りが始まる。国民の生命、財産を守るという最低限のことが日本ではできていないということになるからです。

 首都直下型を想定し、災害関連死を失くすにはどうしたらよいか、対策を急がねばなりません。

防災は国がやるべき仕事

アプロッゾ州市民安全局にて。左から3人目が榛沢氏、右から4人目が阿久津=2018年12月18日
榛沢 イタリアでは、一人でも子どもが亡くなったら、それは大災害と言われます。何人亡くなったかではなく、子どもまで亡くなるということを重く受け止めています。そして、避難所で死ぬということは考えられない、そうならないように対策しているのです。

 視察では、2012年に発生したイタリア北部地震(注1) の被災地モデナと、2016年のイタリア中部地震(注2) の被災地アマトリーチェに行きました。アマトリーチェは人口3,000人ほどの都市ですが、モデナという人口20万人の都市と変わらない避難所支援体制でした。なぜ差がないのかと聞いたら、「当たり前じゃないか、同じ被災者なのに町によって違ったら不公平じゃないか」と。正論ですよね。

注1)2012年5月から6月に、エミリア・ロマーニャ州モデナで起きた群発地震
注2)2016年8月に、ローマ州、マルケ州、ウンビリア州で起きた地震

 残念ですが、日本ではそうはなっていない。西日本豪雨の際、広島県で、人口の多い呉市(天応町)と、そこから一山超えて500mしか離れていない小さな坂町では、避難所の状況、スタッフ数に大きな違いがありました。坂町の避難所は人もリソースも不足しとても疲弊していたのです。そういうデコボコなことが日本では、許されているというか、諦めているというか、容認されている。

 でも、居住地域が違うという理由で、同様の支援が受けられないのはしかたがないと我慢することで片づけてしまってよいのでしょうか。地方自治だから国が介入できないとか、地方で決めなければいけないとか、地方自治が「隠れ蓑」になってしまっていますが、防災は「外敵」、いや「内敵」からの防衛という意味で、国がやるべきことだと思うんですよね。

日本にも常設の防災復興庁が必要

阿久津 その通りだと思います。防災に携わる国の体制を比較してみると、イタリアの市民防災省の人数は700人規模。日本の内閣府防災は、平成30年で約100人です。復興庁は約500人なので、両方あわせて約600人。これに内閣府の原子力防災70人を加えても700人規模。日本の人口はイタリアの2倍ですから、つまり防災担当を全部あわせても、イタリアの規模の半分以下しかやっていないということになります。

 しかも、復興庁ができたのは東日本大震災が起こってからで、それ以前は内閣府防災と内閣府の原子力防災を合わせて200人規模にしか達していなかった。私は、日本にも常設の防災復興省を作り、イタリアのように防災体制を構築し、恒常的にかつ長期にわたって復興を担える省が必要だと思います。

 一方で、意識の改革も必要です。同僚の高井崇志議員が国会質問で指摘していますが、「イタリアでは、災害発生と同時に、国や近隣の県が、備蓄されたテントやベット、簡易トイレなどを大型トレーラーに積んで、100人体制で被災地に向かい、あっという間に食事が提供される。その過程で、被災した基礎自治体(市町)が判断しなければならないことはほとんどない」のです。かなり差がありますね。

被災した市町村に負担をかけないイタリア

イタリア市民保護省モニタリングルーム=2018年12月17日
榛沢 ローマの市民保護省へ一緒に行きましたよね。災害が起こると、あそこで災害のレベルを常にモニタリングしていて、その被害規模によって、Cは市町村対応レベル、Bは州対応レベル、Aは国対応レベルとランク分けしています。A、Bレベルの災害が起こると市民保護省に集まり、対応を協議し、国が対応すべきとなれば即出動します。

 イタリア中部地震では、発災した1時間後、夜中の3、4時には出動しています。そこに市町の判断は入りません。法律で、ABCのランク分けがあり、出動のガイドラインがあり、それに基づいて行動しているんですよね。

阿久津 実は東日本大震災の際、精神状況が不安定になって、ほとんど判断できなくなってしまった市町村の行政のトップも少なからずいました。日本の場合、災害時の判断が市町村長に委ねられすぎているので、いざというときに、判断すべきことが多すぎて思考停止になる。これは日本の防災の大きな欠陥だと思います。

 日本では、「避難勧告、避難指示を出す」「自衛隊の派遣要請」「避難所の運営」がすべて市町村の判断に任されている。市町村長は、究極の状況で、一日に数十もの命にかかわる決断をしなければならない。心を病んでしまうのも無理はないと私は思います。

 当該市町村は被災当事者ですから、むしろシステムとして、人の判断に負わない仕組みを作り上げておき、イタリアのようにほとんど判断しなくても周りが全部やってくれるシステムにしないと、いつまでたっても状況は変わらないですね。

榛沢 カナダやアメリカでは、被災した行政を含めた当事者が避難所の運営までするということはなく、外部から入ってきた団体が行います。アメリカはFEMA(フィーマ)=アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁・Federal Emergency Management Agency =、カナダは民間のボランティア団体等がやっていて、物資手渡しを直接行政の人がするということはまずありえません。日本の場合は、市町村にも行政職員にも負担がかかっていますよね。なぜか外部の支援を拒否してしまう。

阿久津 協定や約束事を事前に結んでおく。同時に、外部支援を受け入れることも最低限、協定が必要ですね。日本全国で個別に締結するのは大変ですので、内閣府防災が音頭をとって行うか、法律で担保するしかない。

NPO「ANPAS」の登録ボランティア数は、イタリア全土で約10万人、 年間予算1570億円=2018年12月17日
 イタリアで先日驚いたのは、防災関係の法律をすべて、市民保護省の下に統合していることです。日本の場合、避難所運営は厚労省管轄で、内閣府も総務省も関わる。三つ以上の省庁が関わる案件はざらですから、その交通整理だけで、市町村長は振り回される。イタリアが全てにおいてベストではないにしても、日本の現状は変えていく必要があります。

 また、イタリアでは縦横の連携が機能しています。国レベルの市民保護省、州・市町村レベルの市民安全局といった縦の連携が、災害規模の大中小レベルに応じて動く。もうひとつ横の軸は、ボランティア団体が、国と州と市町村と各レベルで密接に関係していて、発災と同時に動き、さらに科学技術研究機関などからも常にアドバイスを受けて連携しています。

関東大震災当時と変わらない避難所の“雑魚寝”

阿久津 うらやましいのは、イタリアでは防災に対する位置づけが高いことです。ヨーロッパ諸国のなかで、イタリアは権利意識がそれほど強くなく、むしろ日本人に近くて、ほどほどの我慢とお互いさま精神で助け合う文化がありますが、こと防災に関しては国が国民に我慢を強いない、あるいは国民の我慢に甘えないというスタンスができているように思います。日本の避難所の風景について、先生の表現が印象的です。

西日本豪雨後の愛媛県西予市の避難所=2018年7月16日、筆者撮影
榛沢 避難所の風景が100年前と同じなんですね。つまり、東日本大震災や熊本地震の避難所の光景が、1923年の関東大震災の頃と変わらず、今だに“雑魚寝”状態です。北海道胆振東部地震、西日本豪雨では、少し時間はかかりましたが、段ボール・ベッドがたくさん入りましたが、これはものすごい進歩だと思います。

 普段から、一般市民にも被災のための準備の必要性をわかってもらう努力も必要です。イタリアでは、法律で一般市民が災害時に協力しなければいけないと決まったと言っていましたね。日本でも、災害が迫っていることを、一人ひとりに意識させなければいけません。避難所の支援をなるべく外部に任せること、内閣府が作成した避難所運営ガイドラインを標準化できるものに変えていく必要もあります。

阿久津 イタリアで驚いたのは、被災して普段の生活ができなくなったので、せめていい食事やいい環境を整えて、心をリラックスさせてもらわねばならないという考え方でした。これ、画期的ですよね。

榛沢 そういう気持ちで行われているか否かの差は大きいですよね。最低限を確保してあげていると考えるか、少しでもいいものを提供して心に豊かさを戻してあげたいと考えるかでは、雲泥の差。日本でも、被災者目線にどうもっていくか問われます。

 被災者から要求があったからやる、要求がなかったらやらないというのでは、いまと何も変わりません。医学的にも公衆衛生的にもよりよいものを標準化し、その場で被災者がいらないといってもやるべきです。健康被害がでてきたら、元も子もないですから。

西日本豪雨後の岡山県総社市真備町の避難所=2018年7月21日、筆者撮影
段ボールベッドが導入されている=2018年7月21日、筆者撮影

ワゴン車で寝るより危ない?避難所

阿久津 先生のご専門である、血栓、エコノミークラス症候群についてお話いただけますか。

榛沢 私が災害に関わるきっかけとなったのが血栓で、そこから様々なことが見えてきました。

 2004年の中越地震のとき、車中泊をしていた多くの方が亡くなりました。車中泊が原因、つまりエコノミークラス症候群ではないかと思い、車中泊の人々を中心に検査をしました。エコノミークラス症候群とは、正式には深部静脈血栓症といって、下半身、特に足のふくらはぎにできた血栓が、流れて肺につまってしまうのが原因で、呼吸困難や循環不全を起こします。

 ところが、検査をしてみると、車中泊をしていない避難所泊の人にも血栓が見つかり、衝撃を受けました。軽自動車と一般自動車で車中泊したかたの血栓率は、避難所泊のかたの1.5倍だったのですが、ワゴン車は0.4倍。避難所のほうが、ワゴン車で寝るより危ないんです。「これは変だな、実は避難所も危ないのではないか」と思っていました。

 そんなとき能登半島地震が起き、すぐに避難所に行って調査したところ、やはり避難所でたくさんの血栓のある方が見つかりました。運動もしているしトイレも十分にあるのに血栓ができる。原因は「雑魚寝しかないだろう」と判断しました。

 その後、岩手・宮城内陸地震の際に、対照的な環境の避難所を目にしました。ひとつは、人がいっぱいいて雑魚寝している避難所。もうひとつは、広々としていて、子どもがいる家庭は分けるなど、日常に近い生活をしている避難所。後者の避難所では、一切血栓が見つからなかったんです。避難所の環境が影響すると確信しました。

 論文にまとめなければと思っていた矢先に、東日本大震災が起きた。その後、段ボールメーカー「Jパックス株式会社」の水谷嘉浩さんと出会い、東日本大震災から段ボールベットの導入に取り組んできました。熊本地震では、車中泊をされた方が多く、亡くなった方もいたことから、改めて認識が広まりましたよね。でも、避難所からいらないと言われてしまうと、そこには入れられなくなってしまうので、やはり標準化は必要です。

段ボールベッド(Jパックス提供)
段ボールベッド(Jパックス提供)

血栓を減らし、災害関連死を減らす

阿久津 平時から、避難訓練にいろんな世代が参加して、段ボールベッドを作る訓練をするといいですね。極端にいえば、段ボールベッドの数は、災害関連死の数を左右すると思います。

榛沢 聞き取り調査の中で、脚に血栓ができた人は病気になりやすいことがわかってきました。中越地震で足に血栓できた人を追跡調査したら、8年後に肺塞栓症が70倍、心筋梗塞は2倍、脳梗塞は4倍多かった。

阿久津 逆に言えば、足に血栓ができた時点ですぐケアすれば、肺や脳、心臓の血栓のリスクを大幅に減らせる。足にできた段階でくいとめれば、災害関連死を減らせるということですね。

榛沢 一般的に、症状が出る病気の約1000倍が潜在的な病気ですので、関連死が一人あるとその1000倍の人に血栓があるだろうということになります。災害後に血栓をもつと爆弾を抱えた状態になる。できた後の対策ではなく、できないようにするためには、車中泊をなくし、避難所の環境もよくすることがとても大切です。

ジェンダーへの配慮が足りない日本

榛沢和彦さん
阿久津 エコノミークラス症候群は、日本では女性の発症率が高く、イタリアでは男性のほうが高いそうですね。

榛沢 調査をする中で、女性がトイレを我慢しがちだという風に感じています。避難所ではトイレの数も限られていて、遠慮や躊躇をしてしまい、自宅のように行きたい時に頻繁にはいけない。

阿久津 日本は男性が思っているほど、女性に配慮した社会では到底ないということですね。人道支援の現場では、国際的に認識されている支援者が守るべき最低基準「スフィアスタンダード」があります。そこでは男性と女性のトイレの数は1:3とありますが、より高い基準を目指してもいい。データを見ると、そのほかにも女性への配慮が足りていない現実が如実につきつけられます。

榛沢 女性の立場を伝えられる政治家も少なく、意見がきちんと反映されていない側面もあるのでしょう。

阿久津幸彦
阿久津 おっしゃる通りです。昨年、議員候補者男女均等法が施行されましたが、女性政治家を増やすのは喫緊の課題です。避難所を運営するリーダーのジェンダーバランスも重要。さらにそれを受け止める各省庁、役所の担当者の女性比率も高める必要がある。特に幹部に女性を入れないと、最終決定で覆されます。日本の問題は、上から目線と男性目線だと、つくづく思います。

榛沢 ただ、興味深いことに、仮設住宅になると話が逆なんです。避難所は女性目線でも、仮設住宅は女性目線だけではだめです。

阿久津 確かに仮設住宅では、

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