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家族の憲法論、その不在について(下)

杉田水脈発言を回顧せずに「平成」は総括できない

駒村圭吾 慶應義塾大学教授(憲法学)

台湾では同性婚法が成立した=2019年5月17日、台北台湾では同性婚法が成立した=2019年5月17日、台北

同性婚訴訟と憲法

 さて、ここでまた冒頭の杉田発言にもどる。同発言で議題化されたLGBT問題についてである。LGBT問題のひとつのありうべき到達点は「同性婚」の導入である。生活の基礎に関わり、かつ家族観の変容をもたらす問題である以上、国民のあいだに広くモラル・コンセンサス(共感が無理なら少なくとも黙示的承認の態度)を醸成した方が適切であるので、本来は、立法化を求める方向が大切になってくる。実際、条例レベルではいわゆる同性パートナーシップ導入の試みが拡大傾向にある。しかし、肝心の国会内部では上に見た杉田発言に対する共感や黙示的承認が渦巻いている状況なので、立法化運動だけに頼るわけにもいかない。そこで、同性婚を認めない現行法制は憲法に違反するとして13組の同性カップルによる国家賠償請求訴訟が提起され、周知のとおり、本年4月15日に、東京地裁において第1回口頭弁論が行われた。政府はこれに反論し、請求棄却を求めるという。

 原告の主張も多岐にわたり、また、政府がどのような反論を展開するかは今のところ不明であるが、以下、ひとつの可能な違憲主張の道筋を示しておきたいと思う。やや専門的な憲法解釈論に踏み込むがお付き合い願いたい。

 本件の原告は、現行家族法制の下で同性カップルの「婚姻の自由」が侵害されていると主張している。が、ここで言う「婚姻」の概念は、現行民法上の「婚姻」とは別のなにかではなく、あくまで現行民法が異性カップルにのみ認めている「婚姻」を同性カップルにも認めてほしいということであろう。したがって、訴えの基礎になる権利は、「一定の親密な関係に対する公的承認と法的保護を求める権利」と定式化する方が適切である。このような権利は憲法上のどこにもはっきりと書かれていないが、これを憲法13条の幸福追求権から導き出すことは十分可能であろう。加えて、現行の家族法制は、かかる公的承認と法的保護を同性カップルには認めていないため、上述の「婚姻制度を求める権利」を同性カップルに対して否定しており、これを異性カップルとの関係で見れば法の下の平等(憲法14条1項)に違反することにもなるだろう。

 この点、最高裁は、むしろ「婚姻」に言及する数少ない憲法条文である憲法24条1項から「婚姻をするについての自由」を導出している(再婚禁止期間違憲判決(最高裁大法廷平成27年12月16日))。同項には自由あるいは権利とはっきりと書かれておらず、単に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し・・・」とあるだけなので、最高裁は「婚姻をするについての自由」を同項の「趣旨に照らし,十分尊重に値するもの」という水準で承認した。が、これは、現行家族法制の定める「婚姻」を利用するにあたり、なんら強制を受けないこと、つまり、婚姻制度を利用するかどうかは「当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられる」ことを明らかにしたにすぎず、婚姻制度の内容そのものについて憲法的な要請を及ぼすものではない(最高裁は、「婚姻の自由」ではなく、慎重に「婚姻をするについての自由」という表現を用いている)。なので、上述のように憲法13条から「適切な婚姻制度を求める権利」を引き出しておくことには意味がある。

 「適切な婚姻制度を求める権利」であろうが「婚姻をするについての自由」であろうが、そこに言う「婚姻」の中身について定めるのが24条2項である。2項は、「・・・婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と定め、婚姻などの家族に関する事項は法律で制度形成するとしている。そして、制度形成にあたっては立法府の裁量が広く認められると理解するのが憲法解釈の基本である。しかし、ここには「個人の尊厳と両性の本質的平等」という立法に対する憲法的指針がしっかりと書き込まれている点に注意しなければならない。同性カップルが婚姻制度から排除されていることが生むさまざまな不利益や絶望が、愛する者と人生を分かち合える基盤を奪い、「個人の尊厳」に照らして看過できない状況であることは、ここで改めて指摘するまでもないであろう。現行家族法制は、憲法が明文で要求する「個人の尊厳」に準拠して組み立てられていない違憲な制度であることになる。

札幌地裁に入る同性婚訴訟の原告カップル=2019年2月14日札幌地裁に入る同性婚訴訟の原告カップル=2019年2月14日

あり得る政府の反論は

 これに対して、政府からのあり得る反論としては以下のことが考えられる。
まず、新聞報道にもあるように、第1に、「憲法24条は

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