「危機対応できない」と主張をしつつ、実はなんの危機も実感していないのでは?
2019年05月23日
こんなにたちの悪い冗談はめったにない。しかもいつまでたってもやめない。
衆議院と参議院の選挙を同日にやる可能性があり、与党も野党もそれを視野に入れて態勢を整えつつあるという。なんでそうなるのか。
消費増税がらみで、自民党の萩生田光一幹事長代行が衆院解散に触れたり、菅義偉官房長官が野党による内閣不信任決議案の提出が衆院を解散する「大義」になりうるとの認識を示したり。夏に参議院選挙を控えているために、同日選をにらんだ動きが加速しているらしい。
けれども、与党政治家たちは自分たちで言いつのっていたことをもう忘れたのだろうか。憲法改正を主張するときに「緊急事態条項」の必要性を持ち出し、まさかのときに立法府の不在状態が生じないように、衆議院解散も制限できるようにするべきだと言ってきたではないか。
今も自民党のホームページに掲げられている「憲法改正草案」の98条にはこうある。
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる
そして、その宣言の効果のひとつとして99条4項はこう規定している。
その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる
今の日本を取りまく環境は厳しい。
北朝鮮は何をするかわからない。3.11のように巨大な地震などの災害にいつ何時襲われるかもしれない。首都が直下型地震に直撃されたら不測の事態もありうる。南海トラフ地震は、30年以内の発生確率が70~80%と予想されている……。
そんなときが選挙の時期と重なって立法府が不在になることは絶対に避けなければならない。だから、衆議院の解散を制限し議員の任期延長などを可能にする条項を憲法に入れなければならない。
繰り返し、そう強調していたではないか。
だったら、参議院議員が選挙で半分いなくなる時に、衆議院まで解散するなんてどういうこと?
そんなときに不測の事態が起きたらどうするつもり?
日本の選挙制度で考えると、これ以上「立法の不在」の度合いが高くなる瞬間はない。
憲法改正について、安倍晋三首相は今、自衛隊を明記する点にこだわっているようだ。しかし、いったん「立法府の不在」を憲法改正が必要であることの理由にし、今もその「草案」を掲げているのだから、日本を取りまく国際情勢や災害についての基本認識に変わりはないということだろう。
であれば、その認識からいったいどんな理屈で同日選挙などという発想が出てくるのか。
参議院議員は選挙中も身分を失うわけではないし改選は半数だから、立法府は不在にならないという説明が可能かもしれない。だが、だったら緊急事態条項による衆院の解散の制限は必要ないということになる。
つまり、同日選を言い出すことと、緊急事態を憲法改正の理由にすることは両立しない。緊急事態を口にするならば同日選は言い出すことはできないはずだし、同日選を言い出すならば、憲法改正にからんで緊急事態は口にできないはずだ。
実際のところは、眉間にしわ寄せて「危機に対応できない国家では困る」なんて主張をしながら、自分たちではなんの危機も実感していないのだろう。
同日選という観測には、否定的にコメントする政治家もいるけれど、今やるべきかどうか以前に、与党政治家の頭の中からは同日選という選択肢自体が消えていなければおかしい。
直下型地震が首都を襲う恐れは常にある、福島第1原発で不測の事態が起きる場合に備えていなければならない、米朝関係が悪化に向けて気を抜いてはいけない……。
そんな危機意識を持っているのであれば、同日選など恐ろしくてできないはずだ。
つまり、この同日選騒ぎが露呈しているのは、「緊急事態」を言いつのる政治家たちが実は、日本の危機などまったく意に介していないという実態だと思う。
解散の時期をずらして同日選にはしないとしても、意味のない解散に乗り出すのは「草案」の示す認識とは矛盾するだろう。
また、菅官房長官は「内閣不信任決議案の提出」を解散の「大義」になると言うけれど、ふつう「大義」になるのは「内閣不信任案の可決」であって「提出」ではない。「提出」されただけで「草案」にあるような日本を取りまく深刻な危機状況の中であえて解散に踏み切る理屈にはなりえない。
政治家がでたらめな選挙をしようとするとき、おかしいと思う市民たちが取る行動はなにか。
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