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女性が挑んだ「選挙戦改革」(下)

統一地方選の3候補を追って見えたもの

東野 真和 朝日新聞編集委員

女性が挑んだ「選挙戦改革」(上)

成田さんがスーパー前に立つと、同じ子育て世代の女性たちが次々声をかけて来た=東京都三鷹市成田さんがスーパー前に立つと、同じ子育て世代の女性たちが次々声をかけて来た=東京都三鷹市

分刻みで動くのは「男性的選挙」

 それぞれの疑問から立候補を決意した3人だったが、選挙と向き合う中で、共通していたことがある。それは「日常」をできるだけ維持しようとしたことだ。そして、普通の住民の声を届けるには、普通の住民の感覚をなくさずに、自然な形で有権者に訴えようとした。

 一番こだわったのは、三鷹市議に立候補した成田千尋さんだ。夜明け前に起きて、政策を訴えるビラをポスティングをしたり、駅前に立ったりした後、子どもたちをママチャリに乗せて保育所や幼稚園に届ける。活動は日中に限り、午後5時以降は家事に専念する。それは選挙告示後も貫いた。朝食は、夫が作ってくれるようになった。

 選挙戦後半、のどを痛めてハンズフリーマイクを控えめな音量で使ったが、それまでは、大音量は不快だろうと地声で通した。駅前では「通勤する朝から政策の話など聞きたくないはず」と思い、「おはようございます」とあいさつするだけにした。ラッシュ時は「立っているのも迷惑」と、郵便ポストの脇などに立ち、政策ビラは、もらいに来てくれる人だけ渡した。

 その代わり、市選管から全戸配布される選挙公報の文面を一生懸命考えて書き、新聞に折り込んだビラとともに、家でじっくり読んでもらおうとした。選挙前のポスティングも、時間に余裕がありそうな休日の夜明け前に集中的に入れた。

 他候補が選挙カーで名前を連呼しながら巡回する中、ママチャリにのぼりをつけて走った。告示前にだれかの名前や写真と共同の「2連ポスター」と言われる形式なら、無所属でも貼ったり、看板で立てたりるすることができたが「自分なら家の回りに他人の写真を置かれたくない」し、告示前までに撤去する手間も考えてやらなかった。

 自宅を選挙事務所として届け出たが、掲示板へのポスター貼りや事務作業で告示日にママ友たちに頼った以外は「みんな子どもの入学進学で忙しい時期だから」と一人で戦ったので、人の出入りはなかった。政党の公認や推薦を受けると、金銭的・人的な支援を受けることができるが、掲げる政策だけでなく選挙戦術も党に縛られる。成田さんは無所属で戦うことにした。だから「自分がされたら嫌だろう」と思うことはせずに自分の思うとおりに動けた。

 千代田区議に立候補した山田千洋さんも、党が指導する辻立ちの繰り返しや、名前の連呼など「従来型」の運動に疑問を感じた。「後援会を作って勧誘を」と言われても、「この都会で、住所や名前を書いてもらうことは困難だろう」と思った。講演を聴いた選挙のプロが「選挙に行く比率の高い70歳以上を狙え」と説いたが、その層は現職の岩盤のような票になっている。

 党国会議員が、街頭での頭の下げ方からチラシの差し出し方まで丁寧に指導してくれたのはありがたかったが、道行く人が区民である確率はとても低い。選挙カーはボディにマグネットで名前を貼っただけで、成田さん同様、看板やマイクは使わず、ポスティングの繰り返しとネット広告に力を割いた。

 働く世代の新住民をターゲットにしたが、タワーマンションのようなポスティングさえできない所に住んでいる人が多く、接触が難しい。区選管の選挙人名簿からその世代だけ書き写し、パンフレットを郵送した。インターネットをよく見ている世代なので、ネットのバナー広告を「千代田区在住の20~55歳の男女」のように、絞られた対象にだけ見せるように限定して契約をした。

 埼玉県議選に出た山田千良子さんも、朝から晩まで分刻みで動く党の運動方針を「男性的な選挙だ」との印象を持った。できるだけ自分のペースで動いた。子どもの学校行事にも合間に顔を出した。選挙事務所は構えたが、党から「人がいれば勢いがつく」と支援者を集めるように指導されても「何もしないならいる意味がない」と、役割のない人以外は積極的に招き入れることはしなかった。

明暗分かれた決算は 

 選挙結果は明暗が分かれた。

埼玉県議選 南5区(定数1)
当 藤井健志  自民現(43) 20103
次 山田千良子 立民新(33) 16387

千代田区議選(定数25)
落 山田千洋 維新の会新(57) 447
*最下位当選と75票差

三鷹市議選(定数28)
当 成田千尋 無所属新(34) 3731
*2位当選

選挙ポスターの掲示板の位置がわからず地図を見る=東京都千代田区選挙ポスターの掲示板の位置がわからず地図を見る=東京都千代田区
 埼玉県議選で落選した山田千良子さんは出遅れが響いた。「選挙戦後半、急に声をかけてくれる人が増えた」と勢いがついただけに悔やまれる。会社に在職のまま立候補する道を探ったことも含め、出るかどうか迷い、本格的な選挙態勢に入るのが告示からわずか2カ月前だったわりには善戦した。

 千代田区議選で落選した山田千洋さんも、「準備不足」と反省する。キャリアウーマンらしく「スタッフィング(組織化)とマーケティングの失敗」を分析した。協力者を集められず、支持を得るターゲットを新住民に絞ったものの、途中で共鳴してくれる旧住民がいて運動が分散したという。地域の組織票は固かったが、選挙後に祭り関係の旧住民に「神田は義理人情の町。もっと早く言ってくれれば」と言われ残念がった。得票の9割以上は「どこのだれだか見当もつかない人たち」の票だった。政策ビラを見て、「力になる」とメールしてくれた人たちもいたが、いまだに会えていない。

 ただ2人とも「次は一緒にがんばろう」とあちこちから声をかけてくれる人がいて、再挑戦も選択肢に入れている。密着取材をしていて、選挙の戦い方を間違っていたから落選したわけではないと思う。「働き方改革」ならぬ「選挙の戦い方改革」に磨きをかければ、女性候補はもっと当選するし、それを見て「私も出よう」と思う人も増えるはずだ。

 3人に、選挙費用についても聞いてみた。

山田千良子さん(埼玉県議選)

【支出】316万円
ポスター・ビラなど作成・印刷費147万円*
ポスティング代 46万円
街宣車リース、装飾代 42万円*
運転手・同乗運動員日当 11万円*
選挙事務所の家賃や備品代 36万円
看板代 10万円
拡声機・マイクのレンタル代 9万円


【収入】283万円
党の公認料 150万円
党からの借入金(返済免除) 100万円
女性候補支援団体から助成金  20万円
個人・団体からの寄付     13万円
(*印は一部が公費でまかなわれる)

 政党から資金が出たことで、公費を足せばほぼ手出しなしで選挙できた。

 山田千洋さんはポスティングとネット広告への支出がほとんどで、100万円強の持ち出し。「後から思えば、ビラや広告のデザインなどは知人に頼めばもっと安くする方法はあった」と話す。

 成田千尋さんはポスティングも自分でしたため、ビラやパンフのデザイン・印刷費用など20万円以下の出費ですんだ。「一つの例として参考にしていただければ。別の場所で別の立場で立候補するときに違うやり方があると思うので」。

 1万票単位の獲得が必要な県議選は政党公認でなければ出費がかさむようだが、市区町村議選では、やり方によっては高いハードルではなさそうだ。

 ただ、職を失うことは、大きな痛手だ。

 埼玉県議選に落選した翌々日、山田千良子さんは、職業安定所に仕事探しと失業保険の申請に訪れた。窓口の順番を待つ間も、携帯電話には支援者から「よくがんばった」「4年後も挑戦してほしい」と励ましの電話がかかってくるが、正直、まずは収入を得る手段を考えねばならず、今後のことは白紙状態だ。

 対照的なのは、千代田区議選に落選した山田千洋さんだ。翌日から何事もなかったように職場に戻り、仕事を再開した。周囲から「組織もないのによくあれだけ票を取ったね」とねぎらわれた。細かく質問してくる同僚もいて、「自分もやってみようかな、と思ってくれてる人も出てくるのかもしれない」と思う。

開票結果を選挙事務所で見守る山田千良子さんを心配して息子が訪ねてきた=さいたま市大宮区開票結果を選挙事務所で見守る山田千良子さんを心配して息子が訪ねてきた=さいたま市大宮区

地殻変動は起きている

 今夏には参院選がある。3人に「国政で、自分たちのようなやり方が通用するか」と聞くと、3人とも即座に「ノー」という答えが返ってきた。やはり「地盤・看板・カバン」がないと、10万票単位の票が必要な国政は戦えないという反応だった。

 政党同士の選挙の色彩が強い国政では、各党が女性候補を発掘し、育成することが、女性議員を増やす最も太い道だろう。付け焼き刃的に有名人や組織内候補を立てるのではなく、まず女性の地方議員を増やし、政治と関わる女性の裾野を広げるべきだろう。

 今回の統一選では女性の立候補や当選の割合は微増にとどまったものの、女性候補の市民感覚に合った戦い方や、有権者の反応を見ていると、「地殻変動」は起きているのではないか、と私は感じている。

 東京都内の市議選では、ベッドタウンの東村山市で立候補した31人のうち女性が15人で、当選者も25人中女性が12人と、あと1人で過半数に達するところまで増えた。周囲の抵抗も、より多くの女性候補が出ることで薄まっていくはずだ。今回私が密着した3人のうち、2人が結婚して子どもがいるが、2人とも夫が立候補を止めることはなかった。

落選後、職業安定所で求人を見る山田千良子さん=さいたま市大宮区落選後、職業安定所で求人を見る山田千良子さん=さいたま市大宮区

 落選が決まった山田千良子さんが自宅に戻ると、長男は悔しくて泣いていたが、1時間もすると、テレビゲームに熱中し出した。「反対も応援もしない」と話していた夫は、選挙戦終盤には選挙カーの運転手役をしてくれた。翌朝から仕事なので、開票結果を見守ることなく単身赴任先に戻ったが「初挑戦にしては上出来。まだ気持ちが乗ってるなら次もやっていいんではないか」とメッセージをくれた。立候補を「あり得ない」と反対した近所のおばさんも、今では「次もがんばりなさい」と応援してくれているという。

 お金のハードルも、聞いてみると地方選の場合、そんなに高くない。むしろ経済面だけを見ると、家族の主たる収入を担っているのが男性であることが多い現状では、女性の方が出やすいとも言える。

 有権者の意識が先行している部分もある。例えば、東京23区のうち今回、統一選があった20区の女性当選者の割合は、前回(21区で実施)より3ポイント以上高い31%に伸びたが、さらにその1~3位当選者を見ると男女がちょうど半数ずつだった。これは、女性に入れたいという票がなおだぶついている、との見方もできる。

 鹿児島県垂水市ではやっと初めての女性市議が誕生したというくらい、農村部では今も女性が議員になるには抵抗があるが、都市部の流れが地方にも間違いなく広がっていくだろう。