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3・11、小沢一郎氏との抗争…混乱続いた菅政権

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(17)

星浩 政治ジャーナリスト

突然、「消費税率10%」を提起した菅首相

 そこに波乱が起きる。6月17日、民主党の政策発表で菅首相が突然、「消費税率10%」を提起したのだ。

 背景がある。この年の春、菅氏は財務相としてギリシャの経済危機への対応を関係国などと話し合った。財務省の官僚からは「日本も財政赤字を増やし続ければ、財政破綻が避けられない」と言われていた。菅氏は当時、私の取材に「民主党政権が子ども手当などで歳出を拡大するなら、財源を確保するのは当然のことだ」と語っていた。  

 菅首相の唐突な消費税率アップの提起には、自民党による消費税の5%から10%に引き上げ提案に“便乗”しようという計算があった。だが、選挙前の増税提起がどんな反応を呼ぶか、菅氏の見通しの甘さはすぐに露呈する。

 参院選は増税が最大の争点となった。連立与党だった国民新党の亀井静香代表をはじめ、自民党を離れた渡辺喜美氏が率いるみんなの党、共産党などが「増税反対」を唱えた。

拡大参院選の開票状況を見守る民主党の枝野幸男幹事長。民主党は敗北した=2010年7月11日、東京都千代田区
 7月11日の投票日。改選121(選挙区73、比例区48)のうち、自民党が51議席を獲得して改選第一党に。民主党は44議席にとどまり、菅首相が掲げた「改選議席54プラスアルファ」という目標を大きく下回った。その他は、みんなの党が10議席、公明党が9議席、共産党が3議席などだった。

 12日未明の記者会見で「責任ある政権運営を続けていきたい」と続投を宣言した菅首相だったが、自民党の谷垣禎一総裁は「一刻も早く解散し、国民の信を問うべきだ」と気勢をあげた。

菅直人氏と小沢一郎氏の相違点と共通点

 民主党は秋に代表選を控えていた。鳩山由紀夫前代表の任期(2年)が10年9月で切れるためだ。参院選の敗北を受けて、小沢氏が出馬に意欲を見せた。8月19日、長野県軽井沢にある鳩山氏の別荘に小沢、鳩山両氏のグループ約160人が結集。事実上の小沢擁立の「決起集会」となった。その後、鳩山氏が「菅代表・小沢幹事長」で妥協するよう菅、小沢両氏に打診するが、菅氏は拒否。民主党を二分する代表選に突入した。

拡大民主党代表に再選された菅直人首相(左)と握手する小沢一郎前幹事長=2010年9月14日、東京都港区
 国会議員に加え、党員・サポーター、地方議員も参加する代表選は9月1日告示、14日投票で行われた。小沢、鳩山両グループの所属議員は党内の4割近くを占めるため、国会議員票では小沢氏が優勢で、党員票では菅氏が優位と見られていた。結果は、国会議員票で菅氏が206票を獲得、200票の小沢氏を僅差で押さえた。党員・サポーター、地方議員を合わせた全体では、菅氏721ポイント、小沢氏491ポイント。両雄の対決は菅氏の圧勝で終わった。

 市民運動出身で政界の「一匹狼」の菅氏と自民党最大派閥を仕切った小沢氏。二人は対照的な政治家だ。

 なにより自民党との向き合い方に大きな違いがある。菅氏は、官僚や業界との癒着こそ自民党政治の問題点だと指摘し、政治文化の転換を訴えてきた。小沢氏にとって自民党は権力闘争のライバルだ。政権を奪還して官僚や業界とのパイプを自民党から民主党に付け替える戦略を描く。一方、二人には共通点もある。権力欲だ。権力を手にするためには権謀術数もいとわない。二人を軸とした民主党内の抗争は、止まることがなかった。

 代表選で小沢氏を退けた菅首相は、党役員人事と内閣改造に着手。枝野幹事長を幹事長代理に降格して、後任の幹事長に岡田外相を充てた。外相には前原国交相、総務相には民間から片山善博・前鳥取県知事を起用した。9月17日、改造内閣が発足した。

 代表選で破れた小沢氏を、さらなる試練が見舞う。10月4日、小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の収支報告書虚偽記載問題をめぐって、検察審査会が「起訴すべきだ」とする議決を公表。小沢氏は強制起訴されることになった。


筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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