「核軍拡」に向かう世界。日本も安全保障についてナイーブではいられない
2019年05月27日
イラン情勢が一気に緊迫化している。はたしてイランは、アメリカの侵攻を受けたイラクの二の舞いになるのか。
「もしイランが戦いたいなら、それはイランの正式な終わりとなるだろう。米国を二度と脅すな!」。トランプ米大統領は5月19日、ツイッターにこう投稿し、イランを強く威嚇した。
アメリカが原子力空母と爆撃機を中東地域に派遣するなど、イランに対する圧力をぐっと強めている。これに対し、イランは対抗措置として、核合意の一部の義務に従わないと表明し、アメリカの圧力に屈しない姿勢を示している。
いずれにせよ、両国は今後とも、特に世界の原油の約40%が通過するペルシャ湾のホルムズ海峡の制海権をめぐって、一触触発の事態を迎える可能性がある。
一方、東アジアに目を転じてみれば、北朝鮮も5月に入り、短距離弾道ミサイルをたて続けに発射し、経済制裁を緩めないアメリカを強くけん制した。つまり、イランも北朝鮮も、非核化をめぐってアメリカとなかなか折り合いが付けられず、対立を続けている。
そんななか、筆者は実はかねてから北朝鮮やイランの核が本当に「悪」なのかという、根本的な疑問に思い悩んできた。最近も、現在公開中の劇場映画『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』を観て、そんな思いを強くした。この映画は、アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が「イラクが大量破壊兵器を保有している」という嘘の情報をメディアに次々とリークしながら、2003年にイラク戦争を開始した生々しい状況を描いている。
アメリカの「侵略戦争」とも言えるこの戦争の結果として何が起きたか。正確な統計はないものの、イラクの民間人が10数万人から50万人死亡したと推計されている。過激派組織「イスラム国」(IS)も台頭した。
イラクは1990年代初めの湾岸戦争敗北後、核開発を再開していないなか、2003年にアメリカの侵攻を受けた。ここでふと思う。あの時、イラクが核保有国として歴然と地位を確立していたならば、アメリカは果たして攻撃できたかと。
国際関係論でも、核の拡散は「恐怖の均衡」で世界を安定させるという核の「性善説」を説く理論と、核の拡散は逆に世界を不安定化するという核の「性悪説」を説く理論が対立している。
例えば、同国の最高人民会議が2013年4月に採択した「自衛的核保有国の地位をさらに強固にすることについての法」では、「世界が非核化されるまでの間、朝鮮民主主義人民共和国に対する敵の侵略と攻撃を抑止および撃退し、侵略の本拠地に致命的な報復打撃を加える」と記されている。
さらに、金正恩委員長は2018年4月21日開催の朝鮮労働党中央委員会の第7期第3回総会で、「核実験中止は、世界的な核軍縮のための重要な過程であり、わが共和国は、核実験の全面中止のための国際的な志向と努力に合流するものである」と述べている。
つまり、「世界が非核化するまでの間」は北朝鮮は核兵器を手放さないし、「核実験中止」もあくまで「世界的な核軍縮のため」と位置付けている。
日本をはじめ、周辺国にとっては、北朝鮮の核ミサイルは地域の平和と安定を揺るがす脅威そのものだ。しかし、北朝鮮は、東側と南側には「アメリカの核の傘」に守られた日本と韓国、北側には核保有国のロシア、西側には同じく核保有の中国に囲まれているので、自衛のために核兵器が必要とのスタンスだ。
朝鮮半島は、歴史的に世界列強の「草刈り場」と化し、「クジラに囲まれたエビ」ともたとえられている。それだけに、北朝鮮が国家自衛のために欠かせない、「核の宝剣」(金委員長の言葉)をいとも簡単に手放すとは考えられない。
では、金正恩委員長が前提要件として挙げるように、世界は「非核化」や「核軍縮」の流れになっているか。現実は真逆だ。
トランプ政権は2018年、英仏独中ロとともに締結した2015年のイラン核合意から一方的に離脱した。さらに、冷戦中の1987年にアメリカが旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄も一方的に宣言した。
また、米議会予算局(CBO)が2019年1月に公表した報告書によると、アメリカ政府は核兵器の近代化と維持のための予算をぐっと増やし、今後10年間で4940億ドル(約54兆1000億円)を支出すると見込まれている。年平均では500億ドル弱となり、日本の毎年の防衛予算さえも上回るほどだ。
アメリカの核軍拡だけが問題ではない。5月に入り、ニューヨークの国連本部で開かれていた核不拡散条約(NPT)の第3回準備委員会は、2020年の同条約の再検討会議の指針となる「勧告」を採択できないまま、閉幕した。そもそもNPT条約は第6条で、核保有国に対して核軍備競争の早期の停止や核軍縮を義務付けているにもかかわらず、現在はアメリカもロシアも中国も核戦力を増強中だ。
振り返れば、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、2002年1月の一般教書演説でイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と位置づけ、イラクに対しては侵略戦争も仕掛けた。
筆者がアメリカ大学院留学時代にテキストとして使い、欧米では核問題を論じる際の必読書となっている“The Spread of Nuclear Weapons “によれば、核保有国は、これから核兵器を持とうとする国に対し、その芽を摘もうとして「予防攻撃」(preventive attack)をしなければならないとの誘惑にかられるという。そして、「予防攻撃は核開発が第一段階にある間に行うのが最も確実である。攻撃側は核による打ち返しを恐れることなく攻撃できるだろう」と記している。
かつての予防攻撃の際たる標的例がイラクだ。そして、筆者は今、核ミサイルを完成させようとしているイランが、親イスラエルのトランプ政権内の好戦派に狙われているとみている。
これに対し、北朝鮮は
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