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国連人口基金のトップが語る「人口問題」の現実

カイロ会議から25年。いつ誰と子供を産むか産まないか、決める権利を人は持ったか?

ナタリア・カネム 国連事務次長 国連人口基金(UNFPA)事務局長

奮い立たつような興奮

 カイロ会議の際、フォード財団の西アフリカ地域代表であった私は、「性と生殖に関する健康・権利(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」を守り、女性性器切除のような有害な慣習を受けることなく、尊厳が守られるよう、女性のエンパワーメントを推進していた。

 この年、1994年は、アフリカにとって転機となる、極めて重要な年だった。会議の数カ月前に、私たちは南アフリカで、アパルトヘイトの撤廃とネルソン・マンデラ大統領の選出を祝ったばかりであった。

 時代は変革の潮流の中にあった。女性の権利擁護団体が長い間待ち望んでいた転換が、カイロ会議で合意に達したのだ。自分たちが人生をかけて取り組んでいた使命に対し、国際社会が突然、後ろ盾となってくれたという現実に、これにまさる感情はほかにないと言うほど奮い立たせられるような興奮を覚えたものだ。

 国際人口開発会議の「行動計画」は、よくある会議の合意ではない。これまで私たちが懸命に取り組んできた重要な問題について署名されたものの中でも、最も包括的かつ将来を見据えた国際文書だったのだ。

実現には程遠いカイロでの合意

拡大日本政府の支援によりUNFPAがロヒンギャ難民キャンプに設置したWomen Friendly Space (女性のためのセーフ・スペース)で、難民女性たちの話に耳を傾けるナタリア・カネム=2018年5月23日
 この時カイロで、私たちはこれから先に起こる大きな変化への希望に満ち溢れていた。 しかし、25年後の今、私は複雑な感情を抱いている。

 10億人以上の人々が貧困から脱却し、何億人もの人々が家族計画の手段を得られるようになった。妊産婦死亡率は40%減少し、私たちは児童婚や女性性器切除といった有害な慣習の根絶に関しては大きな進歩を遂げることが出来た。女性の児童婚の割合は、1994年の4人に1人から、5人に1人まで減少した。

 しかし、多くの人々にとって、カイロ会議での合意は実現に程遠いのが現状である。

 毎年30万人以上の女性が妊娠・出産に関連した合併症で命を落としている。2億人以上の女性が自分で出産時期を決めたいにもかかわらず、避妊薬(具)を入手することができない。そして、何百万もの少女が自らの意志に反して結婚を強いられたり、性器切除を受けさせられている。これらすべての女性と少女は、世界の指導者たちが四半世紀前に保護することを約束したリプロダクティブ・ライツをいまだに奪われたままなのだ。

 1994年に採択された枠組みは、今なお今日的な課題と言えるものであり、「持続可能な開発目標(SDGs)」にも組み込まれている。しかし、カイロ会議以来、性と生殖に関する健康・権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)が、世界の指導者たちの関心事の主流になることはめったになかった。カイロ会議25周年を迎え、性と生殖に関する権利が危ぶまれている次世代のためにも、この流れを再び活性化させ、優先的に取り組むべき時が来ている。

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筆者

ナタリア・カネム

ナタリア・カネム(カイロ会議から25年。) 国連事務次長 国連人口基金(UNFPA)事務局長

コロンビア大学とジョンズ・ホプキンス大学の医学部と公衆衛生大学院で研究者としてキャリアをスタートし30年以上、医学、公衆衛生及び性と生殖に関する健康、社会正義、社会奉仕事業分野において指導的立場で活動。1992年から2005年 にかけてフォード財団に勤務、西アフリカ代表として女性の性と生殖に関する健康やセクシュアリティ分野における先駆者として尽力。その後、アフリカ、アジア、東ヨーロッパ、南北アメリカで世界平和と社会正義を促進するプログラムを総括する副代表をつとめる。2014年から16年までUNFPAのタンザニア代表を務め、16年7月にプログラム担当の事務局次長に就任。17年10月3日から現職。