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鳩山由紀夫氏が語る北朝鮮・韓国・ロシアと日本 

北朝鮮とは拉致問題の解決より国交正常化を優先すべき。日本外交は独自性をもって

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

日本と中韓で評価が分かれる鳩山氏

 鳩山由紀夫元首相ほど、日本と中韓で評価が分かれる人物は稀だろう。日本では、その中国、韓国寄りのコメントがネトウヨ(ネット右翼)の格好の標的となり、炎上することも多い。しかし、伝道師のごとく、そのソフトな弁舌で「友愛」や「東アジア共同体構想」の理想を説く姿は政治家を辞めた今も健在だ。

 鳩山氏のアジア人気は、筆者も参加した5月29日から5月31日まで韓国南部の済州島で開かれた国際会議「Jeju Forum 2019」でも垣間見ることができた。同会議での以下の基調講演録の一部を読めば、なぜ韓国や中国で支持を得ているのかが分かるだろう。

 日中韓の三カ国の問題は、日本側から申し上げると、やはり一番は日本側にその責任の大半があります。すなわち、歴史の事実というものを真剣に見つめて、そして、日本が過去の戦争において間違った行動をしていたことに対しては、ドイツのブラント首相のように、謝罪する気持ちをあらわすことが大事であります。
 私が申し上げたいのは、戦争に負けた国は、植民地にした国や戦争に勝った国に対しては無限責任を負うということです。すなわち相手の国の人たちが『もう、これ以上謝らなくてもいいよ』と言っていただけるまで、心の中で謝罪する気持ちを持ち続けることが大事であると思っています。その気持ちが、なかなか日本側から韓国や中国の指導者に十分伝わっていないために、日中韓の問題の調和がとれていない。

 鳩山氏のこうした発言に対しては、日本の保守勢力から「土下座外交」との批判も出るだろう。しかし、司会を務めていた中央ホールディングス会長で、元駐米韓国大使の洪錫炫(ホン・ソクヒョン)氏は壇上で「一人の韓国人として感謝したい。鳩山氏がもう1人いたならば、アジアの問題は解決していた」と述べた。会場からも大きな拍手が起きた。

 鳩山氏は安倍晋三政権の外交政策をどう思っているのか。筆者は5月30日、済州島でインタビューして北朝鮮との拉致問題や、韓国との元徴用工や慰安婦問題の解決、さらにロシアとの北方領土問題まで幅広く聞いた。

 このなかで鳩山氏は、北朝鮮との国交正常化を優先し、信頼醸成を図ったうえで、拉致問題の解決を目指すべきという考えを示した。長年の懸案であり、進展が一向に見えない拉致問題を動かすために、いわば「急がば回れ」的な手法で、先に国交正常化交渉を推し進めるべきだというのである。以下、鳩山氏とのインタビューを紹介したい。

インタビューにこたえる鳩山由紀夫・元首相

膠着状態に陥っている日朝関係

――安倍政権の日朝交渉がうまくいっていません。どうみていますか。

鳩山由紀夫(以下、鳩山) 北朝鮮側からすれば、小泉純一郎政権の時に精一杯、拉致問題についての答えを用意したと考え、拉致問題は基本的に終わったとの認識があるのではないでしょうか。北朝鮮側は終わったと判断しています。しかし、日本側からすれば、横田めぐみさんのご遺骨の問題なども踏まえ、まだ解決していないとの立場です。そうなると、膠着(こうちゃく)状況になります。

 安倍首相は、拉致問題で小泉さん以上に大きな称賛を得て、総理にまでなった方ですから、拉致問題に非常に固執をされている。拉致問題に固執されているために、ことがなかなか進まないので、膠着状態になってしまっているのではないかと思います。

――安倍首相が拉致問題を言うと、北朝鮮はいつも植民地時代の「過去の清算」を言ってきます。それで協議に入れない状況が長年続いています。もっと現実的に、安倍政権は拉致問題よりも国交正常化交渉を先に進めて、拉致問題の解決を交渉の出口に持っていった方がいいということでしょうか。

鳩山 私はそう思っています。拉致問題の解決と言っても、それこそ特定失踪者の問題などを含めて、今すぐ全部が解決する話ではないと思っています。拉致問題については、むしろ国交正常化後に、「国交正常化をしたのだから、お互いに協力をして拉致問題を日本側にも納得のいくような形で進めていこうよ」という話になれるわけです。拉致問題が解決しないと日朝国交正常化もできないとなると、いつまでたっても拉致問題は解決できなくなってしまうと心配しています。

前提条件なしの首脳会談で新展開は可能だが……

Aritra Deb/shutterstock.com
――拉致問題への固執は、拉致問題でキャリアを築いてきた安倍首相のジレンマというか、宿命なのでしょうか。

鳩山 宿命になっていると思います。安倍総理は今、前提条件なしに金正恩委員長と会談したいと述べていますが、それが「日朝の国交正常化を先にやろう。そのために無条件で話し合いをしたい」というような意味であれば、新しい展開が可能かなと思います。

――安倍首相は昨年まで、北朝鮮に対して圧力一辺倒の強硬姿勢を取っていました。その姿勢が変わったということに関しては、どう思いますか。

鳩山 変わったのなら、なぜ変わったのか事情を説明していただきたい。もともと私は、あらゆる問題や紛争の解決は、対話しかありえないと思っています。安倍総理は拉致問題の解決がうまくいかなかったので、「対話の時代が終わった」「対話のための対話は意味ない」とおっしゃった。それは正しくなかったのですが、安倍総理はそこに気づいた。南北首脳会談が何度も開かれ、米朝首脳会談も二度も開かれる状況になり、対話の環境が生まれてきたために、最初に言ったことを修正されたのだと思います。ただ、なぜ修正されたのか、国民にしっかり説明する必要があると思います。

――国民にも、なしくずし的に安倍首相の方針が変わっている印象があると思います。

鳩山 メディアがその点をあまり追及しないのは、不思議だなと思います。

日朝問題は解決できるか

――拉致問題はどうすれば解決できるでしょうか。

鳩山 横田めぐみさんが生きておられて、無事に日本に帰ってこられることになれば、それが大きな象徴になって、日朝の国交正常化もぐっと進むのではないかと思います。ただ、この問題がもっとも難しい。だからこそ、日朝国交正常化の方が先でなければ、拉致問題は解決できない、という論理をもっと前面に出された方がいいと思います。

――北朝鮮は常に、朝鮮半島統治に対する賠償など過去の清算が先だと主張してきました。それに関連し、日本政府が国交正常化後の経済協力として、日本円換算で1兆円超となる「100億ドル」規模の拠出を検討しているとの日経新聞の報道もありましたが。

鳩山 お金も当然、必要になると思います。日本と韓国の間でもそれで解決したわけです。北朝鮮からも金銭的な要求が出てくると思いますし、それで解決するということはあるのではないでしょうか。

――外国の記者は100億ドルという額に大変驚いていました。

鳩山 それぐらいは当然出てくるのではないでしょうか。それで本当に解決すれば、大きなことだと思います。

「米軍がいて当然」は極めて異常

――鳩山さんは2018年1月の「憂慮する科学者同盟」によるインタビューで、「トランプ大統領であれ、他の大統領であれ、対米追従路線をとる安倍政権の政策は、北朝鮮の問題を含め、どの問題も解決に結びついていない」との主旨の発言をされています。ある程度、トランプ政権と距離をとって、日本の独自性を出した方がいいとお考えですか。

Videowokart/shutterstock.com
鳩山 基本的にそう思います。例えば、南北首脳会談や米朝首脳会談が開かれる状況で、トランプ大統領は在韓米軍の撤退に触れた。これに対し、日本で「安全保障環境が変わるから望ましいことではない」「在韓米軍も在日米軍も縮小・撤退されることは望ましいことではない」と、メディアも含めてそういう議論があった。

 でもこれは逆で、平和になっていけば、在韓米軍も在日米軍も撤退する方向に進めなければならない。そうできないのは、日本が安全保障をすべてアメリカに依存する「依存症」にかかっているからだという気がしています。

 戦後間もない頃、日本の指導者は、いつかは米軍を撤退させなくてはいけないと考えていた。しかし、今は米軍がいることが当然になっている。独立国として極めて異常だと思っています。

――在日米軍を徐々に撤退させ、その分を自衛隊が肩代わりすべきだと言うことですか。

鳩山 それは古い発想だと思います。「脅威」というのは「能力」かける「意図」です。いくら「能力」が高くても、「意図」がなければ「脅威」にはならない。大事なのは、周辺諸国の「意図」をなくすこと。そうすれば、日本に「脅威」を与える存在ではなくなります。

 自衛隊を増強すると、相手は日本が何をやってくるか分からないので、「意図」をもつことになる。安倍総理のもとで自衛隊が海外で活動できる環境をつくってしまったことで、外国にとって日本が「脅威」になってきている。そうした「脅威」を減らす工夫をすることが大事ではないかと思っています。

 もちろん必要なところに自衛隊を配備するのは、万が一の備えとして必要です。しかし、米軍がいなくなったら、自衛隊をどんどん増やすという発想は、取るべきではないと思っています。

自衛隊は「国防軍」と憲法に明記

鳩山由紀夫・元首相
――とすれば、憲法9条について、どう思いますか。おじいさまの鳩山一郎・元首相は改憲論者でしたが。

鳩山 私も憲法9条がこのままでいいと思っているわけではありません。自衛隊は憲法に明記されていないけれど、地震などの災害時には国民のために大きな仕事をして、私どもに安心を与えてくれている。憲法にうたうことが必要だと思っています。

 ただ、今のような環境で、つまりアメリカの戦争に日本が協力できる環境になったときに、自衛隊を憲法に書き入れると、国民に懸念をかきたてることになる。私は安倍政権の下で憲法9条をいじるのは、非常に危ないと思っていて、賛成はできません。

――憲法に自衛隊をどう明記するのがいいとお考えですか。

鳩山 「国防軍」として書き込みます。ただ、その場合、自衛隊法か何かで、むやみに海外に出てはならないと、その活動を規定する必要があります。憲法だけ変えたらいいという話ではありません。

――鳩山さんはリベラルと言われますが、憲法改正についてはこれまでのリベラルの人とは違いますね。

鳩山 違いますよ。憲法改正反対とやみくもに申し上げているのではない。2005年には、『新憲法試案』という本を出しています。本ではもう少し強烈なことを書いています。

アメリカと仲良くもいいけれど……

鳩山由紀夫・元首相
――先ほど安倍政権の対米追従路線の話がありました。安倍首相は第1次政権の時は「戦後レジームの脱却」をうたっておりましたが、第2次政権以降、今はF35戦闘機の105機の追加購入など、対米追従で「戦後レジームの強化」みたいになっている面があります。

鳩山 「日本を取り戻す」というのであれば、アメリカから取り戻すということでなければおかしいのですが、どうもそうではないようですね。

――政権が長く続くと、対米追従になりがちなのでしょうか。中曽根政権、小泉政権、安倍政権といった長期政権はそうした印象です。

鳩山 長く安泰で総理の仕事をしようと思えば、アメリカと仲良くやるにこしたことはない。でも、それで本当に国民が幸せになるかということが大事であって、自分の政権が長引ければいいという話ではないと思います。

 例えば、先日、安倍総理は「今度、イランに行く」とトランプ大統領に話し、大統領が「いいね」と言ったと聞いています。でも、大統領に言うべきは、「どうしてイランとの核合意から離脱してしまうんだ」ということです。イランの立場を考えて、イランが合意を守っているのだから、決して合意から外れてはダメだ言うのが、正しいと思います。

――安倍首相は、拉致問題について、トランプ大統領にこれまで何度もお願いをしている。でも、トランプ大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の会談で、金委員長が大統領に「拉致問題はすでに解決済みだ」と言ったら、2人の間で交渉が終わってしまう。あまりトランプ大統領を頼ると、逆にリスクが大きくなる。やはり、首相が自分で金正恩委員長に言わないといけないと思いますが。

鳩山 総理自らが言わないと話になりません。私が心配するのは、トランプ大統領のおかげで安倍総理が金委員長に会えたということになれば、大統領に大きな借りをつくることになるということです。それが、例えば日米の貿易交渉において不利に働くのではないかと思います。

――「アメリカから武器をもっと買え」と言われかねない。

鳩山 もっと買いますから許してください、との話になるのではいですか。

韓国との関係は

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――次に韓国との関係について伺います。元徴用工や慰安婦の問題が日韓関係にトゲのように突き刺さっています。

鳩山 徴用工の問題は、

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