星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト
1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
平成政治の興亡 私が見た権力者たち(18)
野田首相は、政策を進めることで政権の求心力を維持しようとした。
まず、自由貿易圏をめざすTPP(環太平洋経済連携協定)への参加だ。11月中旬にハワイで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議での参加表明に向けて、政府・民主党内の調整を進めた。民主党内では、小沢グループが「TPP参加で関税を引き下げれば、農業への影響は深刻だ」と反発した。それでも、野田首相は11月11日深夜、記者会見し、「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明。中途半端な表現ではあったが、TPP参加に向けて前進した。野田首相は翌12日、ハワイに向けて羽田空港を飛び立った。
さらに、消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革もめざした。12月1日、野田首相は民主党の両院議員総会で一体改革の素案を年内にまとめる方針を表明。29日には民主党税制調査会などの合同会議で「5%の消費税率を2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げる」という案を提示した。
年が明けて12年1月13日、野田首相は内閣改造に踏み切り、「兄貴分」と頼る岡田克也氏を副総理・一体改革・行革担当に迎え入れた。民主党は3月14日から消費税と社会保障関連の合同会議を断続的に開催。前原誠司政調会長が仕切る形で実質8日間、計46時間のマラソン論議が続いた。そして3月30日、消費増税を中心とした一体改革の関連法案が閣議決定された。
民主党内では小沢グループが「増税は2009年総選挙時のマニフェスト(政権公約)に書いていないから公約違反だ」として反対。党内の意見が割れたまま、国会審議が始まった。そうしたなか、東京地裁は4月26日、政治資金規正法違反(虚偽記載)に問われていた小沢氏に対して無罪の判決を下した。民主党の輿石東幹事長は小沢氏の党員資格停止を解除。検察官役の弁護士は控訴したが、小沢氏の影響力は回復し始めた。
これに対し、野田首相は自民党の谷垣禎一総裁と接触。実は野田、谷垣両氏にはパイプがあった。野田氏が1993年衆院選に日本新党から立候補、初当選した直後、自民党の中堅議員だった谷垣氏が会食に誘っていた。野田氏にとって、谷垣氏は一緒に酒を飲んだ初めての自民党政治家だった。二人は財政再建だけでなく、「ポピュリズム(大衆迎合)の政治は良くない」といった話題で意気投合した。
それから20年近くが経ったが、信頼関係は続いていた。野田氏が谷垣氏の好きな赤ワインを贈り、谷垣氏は地元・京都の地酒を贈った。公明党の山口那津男代表も交えた会合を重ね、消費増税と社会保障充実の改革で一致。6月8日、民主、自民、公明の3党による正式な話し合いが始まり、同15日に最終的な合意が成立した。
財務相を経験した谷垣総裁には、財政再建のための消費増税が避けられないという持論があった。くわえて、この関連法案を成立させて衆院の解散・総選挙に持ち込めば、自民党の政権復帰への道が開けるという読みもあった。
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