社会保障のベテラン・鴨下一郎さんとの対話から見えた「リバランス」の意義
2019年06月07日
少子高齢化の時代に社会保障改革が必要と言われて久しい。でも、「少しは安心できそうだ」という実感がどうもわかないのは、なぜなのだろう?
小泉進次郎さんが部会長をつとめる自民党厚生労働部会がこの春まとめた「新時代の社会保障改革ビジョン」は、「支える側と支えられる側のバランスを回復するリバランス」を強調した。閉塞感に風穴を開ける発想となるのか。それでも、給付の削減や負担増は避けられない道ではないのか。30代の小泉さんが、与党自民党で社会保障政策にかかわる老・壮年の政治家との対談を通じ、めざすべき政治の姿について2回にわたって考える。「前編」は、ビジョンの検討チーム座長をつとめ、心療内科医でもある70代の鴨下一郎さんと。(司会 伊藤裕香子・朝日新聞論説委員)
鴨下一郎(かもした・いちろう) 自民党社会保障制度調査会会長
1949年生まれ。心療内科の医者として、約20年、ストレスから不調を訴える患者と向き合った。1993年、衆議院議員に初当選。厚生労働副大臣、環境大臣などを歴任。当選9回(東京13区)。自民党厚生労働部会の全世代型社会保障改革ビジョン検討プロジェクトチーム座長。
――鴨下さんはいま、70歳ですね。何歳まで働きますか。
鴨下 働ける限り。まあ、70を超えると常に自分の体力や気力を見ながらですし、やっぱり、30代、40代とはちょっと違うから。役割の質が変わりながら、やっていくことはやっていくのだと思う。
――ご自身は「支えられる側」に入っている、という意識はありますか?
でも、このビジョンを中心になってまとめてくれた小泉さんを含めた現役世代が、元気な高齢者、少し経済的に余裕のある高齢者、それなりにストック(資産)をもっている高齢者に「自分たちと一緒に支え手側に回ってください」と呼びかけたわけですから。私のように70歳を超えた人たち、65歳以上の人たちも含めて、気持ちをエンカレッジした(勇気づけた)というのでしょうか。「もう一度踏ん張れるな」という気分を促すようなメッセージ性があった、と感じています。
小泉 日本は人生100年という、経験のない未体験ゾーンに行くのだから、いままでの経験に基づかないところでの発想が必要というのが、僕の立ち位置です。最近の若い人たちの中に増えている、「社会のために何ができるのか」という思い、リバランスの発想はこれともぴったりはまります。
――「リバランス」が、ビジョンのキーワードのようですね。
鴨下 これまでは、負担を増やす、給付を減らすという、国民の皆さまの権利や義務をある意味縛っていく方向の政策を法律に書き込むのが、社会保障の施策でした。負担する人と、負担しなくても受益を得られる人とが生まれますから、合意形成がひじょうに難しい。現役世代の人たちだって、いずれは支えられる側に回ります。しかし、今回のビジョンは、これまでの発想とは違う。自発的に社会保障を支えてくださる方、支えてもらう側の人もお互いに理解したうえで、社会保障制度を持続可能なものにしていく。これが基本の理念に貫かれています。
――リバランスは「第3の道」と書かれています。給付削減という第1の道、負担の拡大という第2の道より、この先は優先していく発想ですか。
小泉 ビジョンへの批判として受ける典型が、「第1の道、第2の道から逃げるな」です。しかし、まったく正反対で、「第1、第2の道だけに逃げるな」と言いたい。
経済社会の構造自体が変わっているのだから、経済社会全体の構造改革に挑まないと、いままでのかたちのまま、給付の削減と負担の拡大を進めても、明るい未来は描けない。鴨下さんは、民主主義のなかで、社会保障改革が極めて高度な運びを強いられる政治の難しさの話をされましたが、なぜ、いまリバランスかといえば、ヨーロッパやアメリカのように国民を分断させないためですよ。分断させない政治が、これから大事になります。
――でも、「支える側」と「支えられる側」を強調しすぎれば、かえって分断を生みかねません。
鴨下 現役世代のなかにも、障害を持っている方、残念ながら働けない方は社会が支えなければなりません。一方で、元気で、それなりに経済力のある高齢者は、支え手側にまわっていただく。画一的に、65歳過ぎたら年金世代、その下は現役世代といったように、二つに分けることがナンセンスです。支えられる側にいた障害のある方にも働く環境をつくることは必要で、タックスペイヤー(納税者)になられるかもしれない。
同じように、いわゆる年金世代でも支え手側に回って、年金保険料を払う人が増えれば、全体がまわり始めます。弾力的に、自分のライフスタイルに応じて選択できる制度を示すのが政治の仕事です。ビジョンの行間には、決めるのは国民ひとりひとり、こういうことが書かれています。
――ビジョンには、小泉さん世代の議員が、2016年にまとめた「レールからの解放」「人生100年時代の社会保障へ」から主張してきた人生100年型年金などが盛り込まれていますね。
小泉 党の了承をとり、3年前とは違い、若手だけでなく全世代の政策になりました。昨年は、「勤労者皆社会保険」の考え方が、政府の骨太の方針にも入りました。
――知名度のある小泉さんの発信力頼み、ですか。
鴨下 属人的ですが、発信力のある人が熱心に取り組むことは欠かせません。だけど、それだけではできない。多少経験のある人間、老年、壮年、青年の老壮青それぞれの政治家の考え方をそろえ、賛同していくことが重要です。
――しかし、自民党の中で、考え方は本当にそろっているのでしょうか。
鴨下 そろっています。少なくとも、社会保障にかかわってきた人たちの中では。まあ、いろいろな古典的な保守的なお考えの人たちも、いますけれど。
鴨下 安倍政権は、具体的な方策はまだ十分ではないけれども、本来的にはビジョンのような方法で社会保障を進めたいという気持ちは、漠然とは持っていたと思いますね。それを提示した意味があります。
小泉 党の政務調査会として発展させた提言を、岸田文雄政調会長と一緒に5月下旬に総理に手渡しました。総理はかなり時間をとってくれて、中でちょっと、議論したんですよ。「リバランスは、支え手を増やすことです」と説明すると、うんうん、リバランスね、とおっしゃっていました。
――提言に盛り込んだ「年金受給のタイミングを自分で選択できる範囲の拡大」や「就労インセンティブを阻害する在職老齢年金の縮小・廃止の検討」などは、さっそく今年の政府の方針にも入りました。
鴨下 政府へ提言して、骨太の方針に反映され、年末の予算に反映されていくというボタンはもう、押されました。あとは小さい歯車が大きくなって、最終的にこれが主流になっていく。
――しかし、高齢化で医療費や介護費はますます増えていく見通しです。第1の道、第2の道に一刻も早く踏み込むことが、むしろ政治の責任ではありませんか。
鴨下 社会保障改革は、霞が関主導で進むのではありません。政治家が国民の生の声を聞きながら、合意形成をそれなりにしながら持続可能性につなげていくという意味で、理屈とは違って進め方がとても重要です。
社会保障は、利害関係者が国民全員ですから。理屈では税金を上げればいい、保険料を上げればいい、給付を制限すればいい。しかし、民主主義のなかで、国民に支持されないとなかなか実行できないのが政治です。2004年の年金改革では、少子高齢化に対応して年金の増額改定を調整できる「マクロ経済スライド」などが盛り込まれましたが、野党の強硬な抵抗で強行採決するなど政治的にはつらい状況があり、これが遠因となって政権交代にいたりました。その後の民主党の野田政権は、自民党、公明党も合意して、社会保障と税の一体改革を進めましたが、結果的に消費税率を10%まで上げると決めたことが一つのきっかけとなり、失速しました。
こう考えると、政治が安定しながらリーダーシップをとって社会保障を前に進め、なおかつ持続可能なものへとしっかり確立させるには、かなり高度な政治的なスキルを駆使しないとできない時期にきています。単純にかけ声で立派な理論を言っても、政権がついえたら意味がない。逆にその後にひじょうにバラマキ的な政権ができれば、かえって持続可能性を損ねることもあります。
小泉 ときの政権が何に政治的資源を投入するかは、すべて総理大臣の判断です。周りが何を言っても、
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