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米・イランの対立に影を落とすイラク情勢

アメリカが再建したイラクが、深くイランに依存する状況に

酒井啓子 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

イランかアメリカか、外交交渉も活発化

 こうした状況のなかで、外交交渉もまた、「イランにつくか、アメリカにつくか」を巡り活発化している。トランプ政権が主導するパレスチナ抜き、2国家案抜きの対パレスチナ支援構想、「世紀の取引(ディール)」は、一見イラン情勢には無関係に見えるが、これを巡る会議が6月、サウディ、UAE主導でバハレーンで開催される見込みとなった。ここに、2年にわたりサウディなどに断絶され孤立していたカタールが参加することが話題だが、この会議は、カタールをイラン陣営から掘り崩す意味と、サウディとイスラエルの反イランでの協力が中東和平政策分野にも露骨に現れてきたという意味で、反イラン包囲網の結束強化という色彩を色濃く持つ。

 もしアメリカが本当にイランとの間で戦争を起こすとなれば、それは二つの点で、過去の経験に学んだこと、その反省の上に築き上げてきたことを、一気にひっくり返すことになる。そのひとつが、イラク戦争の失敗という教訓であることは明らかだ。イラク戦争は失敗だし二度と繰り返したくない、というのが、オバマが大統領に就任して以来の米世論の基調である。2003年のイラク戦争後、激化する反米抵抗運動のターゲットになった米軍は、撤退までの9年9カ月の間にイラク国内で4800人の米兵の命を失った。2014年以降は、「イスラーム国」(IS)がイラクやシリアでだけでなく世界各地を震撼させたが、ISがイラク戦争の産物であることは、ブレア元英首相も2015年に認めている。

 イラクとイランを比較すれば、後者の人口は前者の2.5倍だし、国土面積は4倍。湾岸戦争と13年間の国連による厳しい制裁を経て疲弊しきった2003年のイラク軍と、対IS作戦やシリア内戦、イエメン内戦で実戦経験続きの今のイランでは、その軍事力は比較にならない。イラク戦争ですらアメリカに多くの災厄をもたらしたのに、イランと戦争したらその比ではないことは、明白だ。

 だが、イランに対する過激発言でトランプ政権を引っ張るボルトン大統領補佐官の発言だけを見ていれば、イラク戦争は一向に反省材料ではないようだ。イラク戦争でもボルトンは戦争推進者だったし、その後もイラク戦争は正しかったと信じている政治家のひとりである。対イラン強硬姿勢も一貫していて、オバマ政権時代に「イランの爆弾を止めるにはイランを爆撃するしかない」と述べているし、2年前には今年のイラン革命40周年を予測して、「イラン共和政は40周年を迎えられないだろう」と発言している。

「イラクの再建」への悪影響を米政権は理解しているのか

 ところで、もうひとつの、イランと戦争となったときに失われるであろう「過去の経験に学んだこと、その反省の上に築き上げてきたこと」とは、何か。それは、イラク戦争後16年間にもわたって四苦八苦しながらも進めてきた、イラクの再建である。イランとの緊張の高まりが、どれだけイラクを苦境に陥らせることになるか、考慮されていない。戦後イラクがどのような状況に置かれてきたか、トランプ自身がどこまで理解しているのかどうか。

 「中東に民主主義を」と謳って行われたイラク戦争の後、確かにイラクには選挙制度、議会などの民主的設計が導入された。2005年以来五回の国民議会選挙が行われ、選挙結果に基づき首相が選ばれている。だが、その選挙で選ばれた政権のいずれもが、イランと密接な関係を持つシーア派イスラーム主義政党によって担われていることは、アメリカにとっては苦い事実だろう。

 実際、アメリカが推すイラク首相候補はことごとく選挙や国内の政争で負け、イランとの間で合意がなければ首相人事は決められなかった。戦後アメリカがかなり強硬に人事に介入できたのは、2014年6月のISによるモースル制圧という危機的状況のなかで、親イラン的発言を繰り返すマーリキーの続投を阻止してアバーディを首相につけた時くらいだろう。

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筆者

酒井啓子

酒井啓子(さかい・けいこ) 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

1959年生まれ。東京大学教養学部卒、英ダーラム大学修士。アジア経済研究所研究員、在イラク日本国大使館専門調査員、東京外国語大学教授を経て現職。専門はイラク政治、現代中東政治。著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書)、『イラク・フセイン政権の支配構造』(岩波書店)、『〈中東〉の考え方』(講談社現代新書)、『中東政治学』(有斐閣)等。

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