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天安門事件から30年。「歴史の闇」に葬らせるな

世界中が注視した大事件。国際社会の信頼を得るためにも中国は今こそ真相を明らかに

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

歴史的な間違いを繰り返した中国共産党

拡大1989年5月に劉建氏が撮った天安門広場の一コマ。標語を書いたTシャツを着た清華大の学生が座り込んでいる=劉建氏提供
 騒乱が拡大し、世界の耳目を集めるに至って、鄧小平は北京中心部に戒厳令を発令する。だが胡耀邦の後任となった趙紫陽も学生に同情的で、早期に広場の学生たちの中に入り、その声を聞こうとする姿も映し出された。趙紫陽の必死にもがく姿は目に焼き付いている。

 6月に入ると、軍の戒厳部隊が学生の占拠する天安門広場に向けて、容赦なく展開するに至る。自国軍が自国民を襲撃する。あってはならないことが、あるはずがないことが、世界の目が注がれる中で続けられたのである。

 文化大革命という悪魔的な所業の後で、またも歴史的な間違いを繰り返した中国共産党に、国際社会の目は30年経っても厳しい。

 学生たちを広場から武力で排除した後、6月中に、趙紫陽も解任され、鄧小平は江沢民を総書記とする人事を断行した。それまで周恩来と共に鄧小平にも敬意を抱いていた私の気持ちはこれで大きく変わった。こうして、日中関係を最も進化させるべき時代に、日本に最も冷たい総書記が登場したのである。

「歴史の闇」に葬りたい?中国

 さて、中国では今もこの天安門事件はタブーとなっているという。若い人の間では、こうした事件があったことさえ知らない人が大半であるという。「歴史の闇」に葬ろうということだろうか。

 しかし、中国共産党の意図がどうであれ、それはありえない。なぜなら、この事件は、それこそ30年前、私を含め世界の何億もの人々が、「ライブ中継」で見ていたからである。

 特に香港の人たちは、決して忘れないだろう。台湾の人も同じであろう。また、日本でもアメリカでも、多くの人が強烈な印象で記憶している。これからは、中国を出て世界に散らばる何十万という中国人留学生、各国にで出掛けている何百万という観光客も、生活したり訪問したりしている国で、30年前の大事件について、つぶさに知ることができる。

 天安門事件は、歴史から消えることはない。だから、隠し通すことはできないのである。むしろ、ようやく解明の出発点に立ったと言えるのではないか。

拡大1989年6月4日、北京の天安門広場近くの長安街で1人の市民が捕まり、大勢の兵士の前でひざまずかされている。奥に見えるのは中国国旗

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筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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