元厚生労働相代の田村憲久さんとの対話で考えた、人は何歳まで働くのか
2019年06月09日
高齢者となる65歳以降が老後、とすれば、人生100年時代には、老後が人生の3分の1を占める。自民党がまとめた社会保障改革ビジョンには、「現在の年齢を基準に、『高齢者』と一括りにすることは現実に合っていない」と記す。国は70歳まで働けるようにと法整備を急ぐが、むしろ「できる限り働き続ける」ことで、ひとくくりにされないのか。「小泉進次郎氏が語る令和時代の社会保障・前編」に引き続き、後編では50代の田村憲久さんと30代の小泉進次郎さんが語り合う。(司会 伊藤裕香子・朝日新聞論説委員)
田村憲久(たむら・のりひさ)自民党政務調査会会長代理
1964まれ。96年、衆議院議員に初当選。総務副大臣、厚生労働大臣などを歴任。超党派の国会議員でつくる「子どもの貧困対策推進議員連盟」では会長となり、給付制奨学金の実現などを訴えた。当選8回(三重1区)。自民党厚生労働部会の国民起点プロジェクトチーム座長。
――田村さんはいま、50代半ばですね。「支える側」をあと何年続けたいと思いますか。
田村 働ける間は、働きます。
――「老後」って、そもそも何でしょう。
田村 なかなか難しいですね。時代、時代で変わっていきますから。戦前は、働けなくなったときが老後でした。それが戦後、定年までの終身雇用制が入り、さらには平均寿命が延びて、働く余力がまだある人も老後に入り、さらに老後の期間が伸びてきました。
社会とのかかわり、世の中での役割を担いたいと思っても、あまり役割を担う場所がなかったのが、これまでだったと思います。いまは経済状況が戻り、人手が足りないからこそ、担う場所が出てきました。その代わり、賃金水準が維持されない、年金額が減るといった矛盾が出てきた。こうした課題も、手直しが必要になっています。
小泉 人生100年時代は、老後という言葉も、現役という言葉も、高齢者という言葉も、再定義が必要です。いまの現役世代、いわゆる生産年齢人口は15~64歳ですが、どう考えてもいまに合っていないですよね。人生100年で65歳以降が老後なら、35年間、40年間も老後を生きなくてはいけない。
今回まとめたビジョンには「年齢の壁を越えて、高齢者と現役のとらえ方を見直す」とあります。何も未来のことを先取りして書いているのではなく、いまに制度が追いついていないところを、ちゃんと合わせていきましょう、と。人生80年の発想のまま政策を語るのとは、違うステージなんです。
小泉 すごく難しいことですが、ハレーションのおきないメッセージは、メッセージにならない。社会を変えるときには、1回摩擦がないと動かないところもあります。「もっと働けって言われているの?」という違和感があるから、「どういうねらいか、聞いてみよう」と前かがみになれる。そこから初めて、年金は受け取る年齢を60歳から70歳の間で選ぶことができる制度がもともとあり、でもいまは70歳以降にすることはできないことをまず、知ってもらう。
そして、仮にもっと長く働きたい人がいた場合に、70歳以降も選択できる社会へと、その人たちにプラスになる環境を整えていく考え方だと、ようやく聞いてもらえるかどうか。しかし、「えっ」と立ち止まったら進まない改革も、同時にあります。社会保障の世界のメッセージングの、難しいところですよね。
田村 「えっ」となると、次の選挙で手痛いしっぺ返しもありますから。選挙を恐れて厳しいことを言わないというわけではありませんが、政権を失えば改革は逆行して遅くなる。そのバランスは考えて、政治はメッセージを出していかなければいけない、と思います。
田村 まだ野心的でハードル高いところがいっぱいある。どうやって国民の皆さんの理解を得るのか。働く人が損をしないというと、「いつまでも働け」と勘違いされますが、メッセージが違います。もちろん働きたい方が前提で、働きやすい環境をつくることで、いままで働きたくない、働けないと思っていた人が「働いてみよう」と思っていただける。人口がどんどん減り、生産年齢人口も縮小するなかにおいて、高齢者……高齢者という言い方はしたくないですね。何世代という?
小泉 うーん、何世代ですかね。人生100年世代?何がいいかな。
田村 そういう人生100年世代の人たちが、自ら働いてみようとなる社会を、政治はつくらなくてはいけない。無理やり働かせるのではないし、そうなっては不幸な社会になってしまう。
――年金を何歳から受け取るかは、一人ひとりの国民が自身の人生設計と向き合って考える大切なテーマです。田村さんが厚生労働大臣だったときと比べて、国民の意識の変化は感じますか。
小泉 支給開始年齢の一律繰り下げ、つまり「75歳からしか受け取れなくする」というニュースに変わってしまったんですね。
田村 ですが、2016年から小泉さんたち若手議員が勉強会をつくり、「人生100年時代の社会保障へ」の提言が出されてきた流れのなかで、昨年の私たちの議論で年金の選択制が知られていないという話が出て、4月からのねんきん定期便の書式の見直しにつながりました。残念ながら自民党は言ってすぐには変わりませんが、いままでにない早さ、変化ですよ。
田村 今後、サービス産業で働く高齢者の労働災害防止が、クローズアップされてくると思います。労働災害の対応というと、これまではだいたい建設現場や製造現場ですが、高齢社会で働く人が増えてきたら、サービス産業、飲食業や介護現場での労災も増えてくるでしょう。段差を乗りこえられなくて転倒したり、手をついてけがをしたり。やらなくてはいけないけれど手をつけられていない、そういうときに政治が乗り出していくと、180度、政策が動き出す部分もあります。
小泉 実は世の中の約7割の雇用はサービス業です。高齢者や女性も含めて、サービス業はものすごくポテンシャル(可能性)があるけれど、安全で、安心して働ける環境がなかったら、長く働くことはできません。働きやすい環境には、小さいことも含めて整えていくスタートが必要で、ねんきん定期便の見直しをした自民党厚生労働部会の国民起点プロジェクトチームで、いま、議論しています。どういう施策を具体的に厚労省が展開をしていくか、そう時間を置かずに出てくると思います。
田村 今後は、サービス業でも危険点呼や1日の安全目標などを徹底していくのでしょうし、高齢者でもすべらないような段差の見直しや作業の明るさなどは、企業が気配りをしていくと思います。私たちも目配りをして、提言していきたいですね。
――負担増を伴う社会保障改革は、政治が先送りしてきた歴史でもあります。いまの議論のスピードを、どう考えますか。
小泉 日本は全部遅いんですよ。社会保障改革に限らず。もう日本においてどんな領域であっても、早すぎることはないと思う。ある中年のコメ農家さんが、こんな話をしてくれました。あと自分が80歳まで生きると考えたときに、コメをつくれるのはあと30回だと考えるんだ、と。「なるほど、そういう感覚なんだ!」って気づきましたね。
政治の世界も、コメと同じで年1回。年1回の通常国会で大きな法案が審議されて、成立します。コメは天候相手ですから1年に1回でも、国の法律で世の中を変えていくときに、年に1回しか変えられなくていいのか。この国会では一つしか大きな改革はできないとなったら、政治が世の中にあわせていくことはできなくなる。あらゆる領域でいかに変化を加速するかは、僕の基本的なスタンス。自分が風穴をあけられるところは、多くのみなさんにお支えいただきながら、さあ、やっていくぞ、と。
田村 あまりにも急激に高齢化が進んだことによって、予見性を持てないところに、若い人たちは一番の不安がある。私がこれから見直して、変えていかなければいけないと思うのは、この点です。消費を抑えようとする若い人たちは、おそらく将来どこまで負担が増えるのかわからない、どこまで年金が減るのかわからないと感じているのではないか。
年金の支給開始年齢が選べることを知ることも大切ですが、同時に、医療や介護のほうがむしろこれからが大変です。特に介護は、どこまで負担が増えていくかがわからない。消費税だけではなくて、所得税などの直接税や企業の拠出金といった形もあるかもしれませんが、将来にわたってどのくらいの社会保障サービスに対して、負担はこのくらいということを予見できるようにすることで、初めて若い方々は自分の人生設計がたつ。これをどう、国が早く示せるかだと思います。
支える側と支える側の「リバランス」はその一つですが、リバランスだけでは日本の医療や介護は持続可能ではない。消費税だけではない、いろんな負担の方法があるはずです。真摯に国民のみなさんに納得いただくように説明することが、政治にとって重要です。
(撮影:吉永考宏)
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