メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

沖縄戦~父が親友に手渡した手榴弾

沖縄戦の最前線で戦い、生き残った父が、最期に私に伝えたかったこと

島袋夏子 琉球朝日放送記者

拡大親友の墓参り=2015年6月、名護市(琉球朝日放送提供)

17歳の少年兵 親友の死

 物心ついたころから、毎年6月23日の「慰霊の日」が近づくと、父とふたりで訪れる場所があった。那覇から車で約1時間半、灼熱の太陽に照らされて輝く、紺碧の海を見ながら、西海岸をドライブする。

 車内で聴くのは、いつも決まってベートーベンの「エリーゼのために」。私が初めて覚えたクラシック音楽だ。

 父がこの曲に、特別な思いを抱いていることは、幼心にも感じていたが、詳しいことを知ったのは、もう少し後になってからだった。

 サトウキビが揺れる静かな集落に、古い亀甲墓はあった。父の親友が眠る場所だ。

 梅雨明け後の沖縄は、むせるように暑い。恵みの雨を大量に蓄えた大地は、生命力に溢れ、緑が一層艶やかになる。

 父は汗だくになりながら、墓の周囲に生い茂る雑草を刈り取り、隅々まで掃き掃除をする。そして、一段落すると、墓前に花や果物、線香を備えて手を合わせ、しばらく黙って墓石を眺めるのだった。

 親友は、父が沖縄県立第一中学校に通っていた頃の同級生だ。

 沖縄本島に米軍が上陸し、艦砲射撃の暴風が吹き荒れていた昭和20年3月27日、父たちは卒業式の最後に軍命を言い渡され、鉄血勤皇隊として招集された。

 雨のように降って来る砲弾、手足を失い、泣き叫びながら這いずりまわる兵士たち、辺り一面に無残に横たわる死体…。痩せた足に兵士がすがりつき、「助けてくれ、助けてくれ」と叫ぶのを、跳ねのけながら逃げたと父は語った。

 沖縄戦の組織的戦闘があと5日で終わるという6月18日のことだった。大けがをした親友を連れて彷徨っていた時のことを、父は戦後35年目の同窓会誌に書いている。

両尻がむき出し、尾骶骨がはみ出て歩けない君を、勤皇隊本部に帰すように誰に命令されたのか全くおぼえていないが(中略)君は突然「母の所に連れて行ってくれ」と僕に頼んだね(中略)君が厄介な荷物のように思われたのだろうか、「手榴弾をくれ」と君は言った。僕は頭上で炸裂する榴散弾のとび散る音をききながら君に最期の言葉をかけたように思える。「どうせ俺もあとでいくから」と。〈山田義邦「追悼の記」『養秀百年』(養秀同窓会,昭和55年)〉

 それは父と親友の別れの場面だった。父は、大けがをして歩けなくなった親友に自分の手榴弾を渡し、自決を促したのだ。

 だが、父は戦後しばらく、その出来事の重みを感じていなかったという。「戦争だったのだから仕方ない」。そう思っていた。

東京で

拡大1950年代 東京で
 転機が訪れたのは、東京の大学に進学したときだった。

 友人の家を訪ねるため、郊外の住宅地を歩いていると、玉砂利が敷かれた立派な邸宅から、ピアノの音色が聴こえてきたのだという。それが、ベートーベンの「エリーゼのために」だった。

 その美しい旋律は、父に厳しい現実を突きつけた。

「私が5日前に出てきた沖縄は、糞だらけの生活をしているのに」

 沖縄は戦争が終わった後も、米軍占領下に置かれた。人権は保障されず、貧しく、惨めな暮らしが続いていた。

 豊かな暮らしを着実に取り戻しつつある東京と、復興とは程遠いふるさと・沖縄。彼我の差を比べ、「悔しさが込み上げた」という。

 さらに、故郷・沖縄の置かれている立場を突きつけられる出来事があった。大学の掲示板に張られていた求人広告に、大きな墨字で、「第三国人、琉球人を含む、かたくお断りします」と書かれているのを、目にしたのだ。

 父は当時のやるせない思いを、繰り返し私に語った。

「何百社という企業から求人が出ていた。それなのに頭に来たね。国のために、天皇のためにと、銃をとって戦ったんだよ。友だちが死んだんだよ。何のための戦争だったのか」

 その時から、父の葛藤が始まった。

 勉強も、友だちとの平凡な日々も諦め、ただ御国のためにと、身を捧げた青春時代だった。なのに、全てが終わった後、待ち受けていたのは、散々な仕打ちだったのだ。

 父は、親友に手榴弾を渡し、死なせてしまったことを、生涯悔やむことになった。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

島袋夏子

島袋夏子(しまぶくろ・なつこ) 琉球朝日放送記者

1974年沖縄県生まれ。琉球大学法文学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修了。 山口朝日放送で約10年勤務したのち、2007年に琉球朝日放送入社。米軍基地担当などを経て、現在はニュースデスク、調査報道担当。2014年「裂かれる海~辺野古 動き出した基地建設~」で第52回ギャラクシー賞番組部門大賞、2016年「枯れ葉剤を浴びた島2~ドラム缶が語る終わらない戦争~」で日本民間放送連盟賞テレビ報道部門最優秀賞、2017年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞など。

島袋夏子の記事

もっと見る