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G20でも脚光。どうなるトランプ政権の中国外交

最終目標がはっきりしない「組み換え派」。日本が取り得る選択肢の幅は狭い

三浦瑠麗 国際政治学者・山猫総合研究所代表

AlexLMX/shutterstock.com

「海図なき世界の縮図」のG20サミット

 6月28~29日に大阪市で開かれる主要20カ国・地域(G20)サミットを控え、日本の外交に関する話題が増えています。G20サミットでは貿易問題から環境問題に至るまで様々な問題を話し合うのですが、やはりそのとき世界で一番重要な問題に脚光が当たります。そして、現在、世の中で大きな関心を惹きつけているのが「米中貿易戦争」です。

 中国が含まれず、ロシアも追放された主要7カ国(G7)サミットでは、事実上、アメリカとその同盟国である先進国との綱引き、秩序形成をめぐる議論が主流となります。昨年カナダで開かれたG7サミットでは、カナダのトルドー首相が自らのリーダーシップやトランプ米大統領に対する距離を演出しようとして、結果的に同盟国間の対立は深まりました。

 メルケル首相がトランプ大統領に談判をしている有名な写真は、まるで絵画のように劇的な構図でしたが、かえってG7サミットの権威の失墜を印象付けてしまったとその時、私は感じました。ただ、こうした演出をしていられるのもある意味、同盟国として互いに甘えがあるからだ、ということです。

 これに対し、それに次ぐ主要国の首脳会議であるG20サミットには米中が含まれており、他の参加国もそれぞれ多様な国益を抱えて参加している点が特徴です。米中両大国の関係は、われわれが生きる21世紀前半という時代の基本的な骨格を形成しますが、来るべきG20サミットは、アメリカが主導してきた「単極」の秩序が衰退した後の、「海図なき世界の縮図」ということになるでしょう。

大統領候補時代の外交演説にみるトランプの対中国観

米通商代表部が中国への追加関税「第4弾」の詳細案を発表した日、ホワイトハウスで記者団に手を振るトランプ米大統領=2019年5月13日、ワシントン
 では、アメリカは中国のことをどのように捉えているのでしょうか。

 トランプ政権は、貿易交渉に際し、一方的な関税の発動という強硬手段を用いるという点で、過去の政権との違いが際立ちます。しかしながら、トランプ政権の「対中国観」自体は、歴代の米国政権と同様、多様な要素の組み合わせです。

 トランプ政権の対中観のスタートとして特筆すべきは、トランプ氏が大統領候補だった2016年の頃におこなった初の本格的な外交演説でしょう。当時、トランプ氏は共和党の大統領候補の座を事実上、手中にしていました。世界中の外交専門家のほとんどは民主党のヒラリー氏の当選を確実視していましたから、トランプ氏の外交演説がそれほど注目を集めたわけではありませんが、いま振り返ると、現在に至るトランプ政権の基本的な考え方がすでに明確になっています。

 この演説の最大の特徴は、アメリカに対する脅威として、「米国経済の相対的な競争力の低下」を重視している点です。アメリカの超大国の地位は、圧倒的な経済力という基盤があって初めて成立するものであるという見方を、正面から論じている。NAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)についての懐疑的な姿勢も、経済的な競争力の観点で語られています。

 中国との関係も、最も重要なのは経済的な競争関係であると言い切っている。歴代政権のように、人権問題について指摘してみたり、軍事的脅威について言ってみたりという、ある意味腰の定まらない対応ではなく、本質は経済的な覇権にあると直截的に指摘しています。

トランプ政権の複合的な対中観

 その後、大統領選に勝利して発足したトランプ政権の対中国外交には、共和党内の中国への考え方が反映されます。

 まず、共和党内で主流だったのは、中国との経済関係を重視し、中国との関係を継続することで、中国が国際社会のルールを守るような存在へと導くという発想です。これは、基本的に歴代の共和党政権において、主流の考え方だと言っていい。ウォールストリート的というべきか、産業界寄りの発想です。

 おそらく、ゴールドマンサックス出身で、映画関連のファイナンス等でキャリアを築いたムニューチン財務長官は、この種の発想に近かったのではないかと思います。実際、対中交渉において財務省が弱腰すぎるというのが米政権内でも問題となっているようですから。

 共和党内におけるもうひとつの考え方は、共産党の一党独裁によって運営される中国に国際社会のルールを守るつもりはなく、短期的に守っているようなふりをしたとしても、それは方便に過ぎず、本質的にはアメリカの覇権を終わらせようとしている脅威であるという発想です。安保重視、覇権重視の考え方と言っていいと思います。対中強硬派として知られる、ナバロ大統領補佐官がこの陣営の典型的な存在でしょう。

 興味深いのは、トランプ政権が中国に対して強硬策を打ち出していくなかで、ペンス副大統領をはじめとする共和党の保守派が、こちらの発想へ近づきつつあることです。信教の自由等の人権問題が次第にクローズアップされつつあるのは、共和党の支持層の核心をなす福音派を、反中国の大義に動員するためでしょう。ここで、事態を深刻にする要素として「人種問題」が関わってきます。

 マーティン・ウォルフがファイナンシャル・タイムズ紙の論説で最近、指摘したように(日本語訳は6/7付の日経新聞に掲載)、トランプ政権の一部には、米中の競争を人種問題に結び付けようとする人々がいます。キロン・スキナー国務省政策企画局長が4月末に、「ニュー・アメリカ」というシンクタンクで、「白人国家でない大国と競う初めての経験となる」と述べています。日本人にとっては、戦間期の「黄禍論」を想起させる発言ですが、これは内向き化する米国保守に、とても親和性の高い考え方でもあります。

はっきりしない「組み換え派」の目的

 ただ、トランプ政権の中心的トーンは、上記の安保重視と人種的競争意識の組み合わせによる封じ込め論とも、雰囲気を異にしています。そのトーンは、経済至上主義の立場を取りつつも、先ほどの中国に改革を促す伝統的な立場よりも、もう少し荒っぽい。これは、グランドバーゲンを勝ち取ろうとする「組み換え派」として理解できます。

 具体的に言えば、原理原則として中国とは仲良くやっていくという建前を崩さないものの、現実には経済的な不満を全面に出し、強硬な手段も交えながら、中国の妥協を引き出そうとするものです。

 こうしたトランプ政権の発想の根本には、2016年の大統領選と政権1年目に大きな役割を発揮したバノン氏の影響があります。現在は政権を離れている同氏ですが、トランプ政権の関税を使った強硬策の目的は、中国を中心に出来上がったグローバルなサプライチェーンを組み替え、中国優位の経済をひっくり返すことにあると明言しています。

 ツイッター等で発せられるコメントや、あらかじめ用意された演説ではなく、大統領個人の発想が色濃く反映されるインタビューなどを見ると、トランプ氏自身、バノン氏の発想に近いように思えます。ビジネスマン特有の短期的、経済的な利益を中心に考える発想でしょう。

 とはいえ、「組み換え派」の評価が難しいのは、最終的な目的がどうもはっきりしないからです。一見すると、短期的な経済的メリットを得ることが目的で、目的が達成された後には広義のエンゲージメントに戻るように見える。換言すると、強硬策をぶち上げ、貿易黒字、国有企業の優遇、知的財産権等の重要テーマで中国に妥協を迫り、自分はこんな成果を挙げたと勝ちを宣言すれば、米中関係の大枠が元の鞘(さや)に収まり、中長期的に見れば戦略的な力関係への影響は軽微であるというパターンです。

 考えてみれば、1980年代から90年代にかけての日米の関係は、これに近いものでした。最大の理由は、日本が安全保障を完全にアメリカに依存しており、妥協せざるを得なかったからです。これに対し中国は、日本と違って安全保障をアメリカに頼っていない。それゆえ、致命的な妥協は避けながら、このパターンへと落ち着くように動いています。

 その一方で、「組み換え派」の本質は、やはり封じ込めであるという識者も存在します。ファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業を、アメリカや西側の市場から排除しようという動きは、この発想と親和的があります。

ファーウェイへの強硬策の先に何があるのか

華為(ファーウェイ)のロゴ
 ファーウェイが「戦略的企業」であること、組織ぐるみで産業スパイ的な行動を繰り返してきたことは周知の事実です。ですから、ファーウェイへの強硬策はある程度織り込みずみ。にもかかわらず、世界中が驚いているのは、アメリカが自国のみならず日本や欧州などの同盟国に、思いのほか強い圧力をかけている点です。当然ながら、この動きの延長線上に何があるのか、世界中が疑問を持ち始めています。

 すなわち、ファーウェイをきっかけとしつつ、AI、エネルギー、IoTなど、次世代の経済覇権を担う企業へと規制の対象が広がっていくのか。次はアリババやテンセントなどのトップ企業が対象となるのか。金融、エネルギーなどの従来の基幹産業は、どのような扱いになるのか……。

 おりしも、アメリカはイランへの経済制裁を強めています。欧州諸国をはじめ、イスラエルやサウジアラビア以外のほとんどのアメリカの同盟国は、対イラン強硬策にはうんざりしている。せっかく、核合意を通じてそれなりの外交的妥協が成立し、市場としての潜在的な価値があるイランが門戸を開きつつある時点でなぜ、というわけです。

 世界中のほとんどの企業は、アメリカが制裁をちらつかせるなかで、イランとアメリカとを天秤にかけたとき、イランを選択することはあり得ません。ですが、アメリカが中国の特定の企業との取引、あるいは、中国との取引全般を制裁対象とした場合はどうでしょう。米中の間でどちらを選ぶか迫られれば、中国を選ぶというケースは少なくないのではないでしょうか。

 ロシア、中央アジア、中東欧、東南アジア、アフリカ、いずれの地域においても、経済のことを考えると、アメリカよりも中国の方が重要だという国家はいくらでも存在します。国家としてはアメリカを選ばざるを得ない日本でさえ、個別の企業のレベルでは中国の取引先のほうが重要だという例は多い。

 戦後の日本は、貿易国家・通商国家として、アメリカが築き上げた自由貿易体制のなかで、繁栄を謳歌(おうか)してきました。ですから、日本の貿易政策の重要な要素は、アメリカとアジアの市場の間で選択を迫られるような事態はなんとしても避ける、というものでした。このシナリオが恐ろしいのは、まさに、日本を含む様々な国や企業に、そのような選択を迫るものだからです。

米中関係をめぐる五つのシナリオ

 ここで、米中対立の今後のシナリオについて、整理しておきましょう。ありそうにないことも含めて頭の体操をしておくことで、リスクを洗い出し、それを評価することができます。それによって、不確実性を減らすことはおそらくできませんが、リスクに前もって対処できるという効用はあります。

 具体的には、以下の5つのシナリオが考えられます。

シナリオ1:部分的封じ込め
基本的には現状の延長線上です。ハイテク分野など、産業によって中国企業を排除する分野と、これまで通り通商関係が継続する農業のような分野が併存します。

シナリオ2:グランドバーゲン
トランプ大統領と習近平主席が主要な項目において妥協するパターンです。中国が国内改革の面でより大きく妥協しつつ、対面を保つ工夫が行われることで関係が正常化します。

シナリオ3:冷戦
シナリオ1の部分的封じ込めが、次第に多くの分野に波及していくというシナリオです。国や企業は米中両陣営の間で選択を迫られ、反対する陣営には経済的な制裁が科されるようになります。経済分野での対立が次第に、安保分野にも波及していくことになります。

シナリオ4:戦争
シナリオ1、ないしはシナリオ3の延長として、軍事的な紛争が勃発するパターンです。米中のはざまで国家がとった選択に対し、その決定に不満を持つ側が、直接的あるいは間接的に介入するというのが、最もリスクが高いでしょう。緊張感が高まるなか、南シナ海や台湾近海での偶発的な衝突の可能性も排除はできません。

シナリオ5:中国の内部崩壊
シナリオ2、ないしシナリオ3の結果として、共産党政権の権力基盤が揺らぐパターン。不安定ながらも、より民主的な多党制となるか、激しい分裂や内戦を伴う事態になるか。いずれになるかによって、国際社会にとっても大きなリスクを生みます。

日本の選択肢は

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 こう見てくると、日本がいま置かれている立場は、非常に居心地の悪いものです。アメリカが中国のもたらすリスクに無自覚でなくなったことは歓迎すべきですが、米中冷戦を歓迎すべき要素は見当たりません。ですが、こういう時だからこそ、日本は気持ちのいい解に飛びつかない精神力が必要です。

 米中冷戦は歓迎すべき事態ではない。かといって、中国主導の秩序が恐ろしいものである可能性も極めて高い。そうしたなか、日本が取り得る選択肢の幅は狭いことを自覚しておくべきでしょう。

 国内では、アメリカ一辺倒の政権に対する批判が散見され、先日のトランプ大統領の訪日の際にも、「おもてなし外交」という批判が目立ちました。ただ、その一方で、アメリカ、そしてトランプ大統領との距離が近いことは、日本の国益に他ならない、という反論も大きく聞かれました。

 二つの議論は、ともに正しい部分があります。戦後の日本は、安倍晋三政権に限らず、一貫して「おもてなし外交」でやってきました。歴代政権は米国大統領となるべく友好な関係を築こうとしてきたし、多数派の国民がそれを支持してきたのも事実です。それでプライドを傷つけられるかと言えば、「日本はそれなりの大国だ」と認識している人にとっては、そうでしょう。これはナショナリズムの問題だからです。そこから脱却しようとすれば、日米同盟への依存度を徐々に弱め、主体性を増すしかないと私は思います。

 とはいえ、アメリカは引き続き重要な経済の取引相手です。さらに、他に替えがきかない重要な同盟国です。とすれば、同盟関係はこのまま維持しつつ、かつ日本の主体性を高める方向を模索するべきなのではないでしょうか。アメリカの首脳との距離感をめぐって、相も変わらず賛否を戦わせたり、留飲を下げたりするだけでは、日本を取り巻く状況は決して好転しません。

 国際情勢は、日本がどのような「自画像」を持つかにかかわらず、日々動いています。日本はアメリカからも中国からも切り離されるべきではない。そもそも、アメリカとの安全保障関係を解消すれば、即座に自主性を失うでしょうから。

 そこで、日本に不可欠なのはリスクヘッジであり、その究極の目的は、困難さを増すこの時代に、いかに自由な社会を守りつつ生き抜くかということに尽きると、私は思っています。