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新たな「長征」を覚悟する習近平政権の国内事情

国民の中にある「王朝遺伝子」の発現と民間活力に翻弄され始めた共産主義国家の将来

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

大国建設の柱を見せた今年の全人代

拡大今年の全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席(下段左)=2019年3月15日、北京
 本年3月の全人代の注目点は、これまで中国共産党の重要思想と位置付けられてきた、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、江沢民思想の三つを排除して、「発展は絶対の道理」とする鄧小平理論と胡錦涛前主席の「科学的発展観」、および自身の「高品質の発展」の思想を、政策の中心に置いたことである。

 昨年、国家主席の任期制限撤廃などを決めるなど内政を固めたことに対して、「習王朝」との揶揄(やゆ)もあったが、今年の全人代では、社会主義市場経済に軸足を置いた大国建設の柱を見せたのだ。背景には、そのための様々な施策が成果を上げ始めたことがある。

 習近平主席は、2017年の第十九回党大会で「中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するために奮闘を惜しまない」との意見を述べた。そのうえで、共産党建党百年の2021年と中華人民共和国建国百年の2049年の間の約30年間を、「小康社会」を完成させる2035年までの第一段階と、その後それを強化する第二段階とに分け、現代化した社会主義の強国を実現するとしている。

 習政権は、2010年のGDPの2倍という目標を余裕で達成し、本格的な成長路線下での政権運営に移行した訳だが、その勢いに乗って国際的な役割を一段と担っていくとしたのだ。社会主義を世界に広めるとまでは言っていないものの、民主主義との平和的な共存とも言っていないところがミソで、彼のパワー志向が垣間見られたのは事実である。

中国における新王朝建設の常識

 中国では、新王朝は前王朝の良いところは踏襲しつつも、それ以外は独自の統治機構など新たなものとする(自分たちのものを導入する)歴史がある。かつ、自分達の正当化のために前王朝の史書を表すことも踏襲されてきた。

 現在の中華人民共和国の場合、1912年に清が滅んだ後の混乱を経て、1949年に成立してから現在までの70年間に、表舞台としての経済発展や軍備増強、海外展開を進めた一方で、舞台裏ではそれを支える様々な仕組み作りに着手してきた。それは、大国に生きる中国人の身体に染み付いた基本的な考え方であり、この観点で考えれば、習近平政権によるこれまでの開発を今更止めることは、国民感情的にも出来ない。

 日本で言えば、明治維新がこれに似ているが、アジア進出のために欧米の協力が必要だったこともあり、当時の日本は、欧米列強による植民地体制に挑戦するのではなく、それを自分達も真似ることを選んだ。また、第2次大戦後のGHQの占領下では、従来からの官僚制度や通貨制度など根本的な変化には繋がらなかった。このような日本人には、中国人の大国建設の背景にある発想を理解するのは難しい。

アメリカとの戦いを注視する中国

拡大Akarat Phasura/shutterstock.com
 貿易摩擦を含むアメリカの対中姿勢の硬化は、中国からすれば、習近平主席のもとで目指し始めた大国への道を妨害するものである。そしてその強さは、現実にアメリカへの全輸出品に25%の関税をかけられたことや、ファーウェイ製品の不買運動(ファーウェイとの取引の停止)等々、中国国民に将来の不安を与えている。

 まだGDPなどのマクロデータには反映してきていないものの、多くの都市で消費が落ちているとの話が出始めており、北京の中心街でも、これまでの高度成長と観光客の増加で大混雑であったレストランの多くで、混雑さが和らいできているなど、マイナスの意味で変化の兆しが見えている。

 かつ、トランプ政権による対中攻勢は、表面的には、多くの中国人にも80年代の日中貿易摩擦の時と同様に、貿易収支のみに関する対策をしても解決策にはならないとわかるものである。また、国営企業等への補助金の縮小や、国内企業優先の発注を義務付ける法律の改正などは、見方によっては内政干渉であり、また中国虐(いじ)めとも受け取れるようなものである。つまり、中国に義があると主張できるのだ。

 くわえて、中国側の報道をみると、歴史を辿(たど)れば、アヘン戦争以降の中国侵略、日本による「人種による差のない平等」要求を拒否したパリ講和会議、日本への原爆投下、日本の経済成長に対する批判など、黄渦に対する差別、という主張にまで至っている。

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筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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