世界一政治的な「九十後」世代のアイデンティティ
2019年06月16日
香港の若者たちは何を守ろうとしているのか?
「香港の価値」であることは間違いない。中国にとっても香港の価値はあった。鄧小平の改革開放政策の中で香港の資本、ビジネスのノウハウやシステムを中国は取り入れる必要があり、それによって中国が豊かになるという構図。香港返還の1997年で見ても、香港の当時のGDPは中国全体額の20%にも匹敵するものだったのが今では3%でしかない。2018年には深圳のGDPが香港を抜いた。
かつて中国にとつて「金の卵」を生む貴重な国際経済都市も、今となっては中国にとって香港が「上海や深圳と何が違うのか」となる。中国の国力と社会の安定に自信をもてば、なぜ「何かと国内の政治的安定まで脅かす」香港だけに一国二制度を保証するメリットがあるのか、と訝しがってもおかしくない。
巨大な〈国家〉に対して、香港は高度の自治権を有するといっても、その国家の下部構造としての一特別行政区である。力の差は歴然だが、香港には〈香港の価値〉があると香港の人々も、そして海外の人々も、そう思う。この香港の価値には「中国とは違う」が付く。アイデンティティを認識しようとするとき、常に「……と違う」はついてくるもので、欧州とは違う英国、北米でも米国とは違うカナダ……となる。だから香港でも「中国とは違う」となることも、その歴史的経緯からしておかしくはない。
しかし、ここでいう「中国」は単純な比較対象ではなく、つねにネガティブ。欧米列強の侵略を受けた清朝、アジアで最初の共和制国家として成立しながら群雄割拠で内部崩壊する民国、国共内戦、政治的混乱が続き経済成長こそ成功させたが未だに法治や人権に怪しい一党独裁の現政権……悲しいかな、つねにネガティブに映る「祖国」がそこにある。
英国領であった植民地の香港には国共内戦、中国の赤化、大躍進政策での恐慌、反右派闘争や文化大革命といった混乱で大陸から多くの人々が逃げてきた。文化大革命では反英闘争として毛沢東に呼応し、天安門事件では「暴動」の首謀者として指名手配された運動家らを中国から脱出させ海外に亡命させる黄雀作戦を成功させた。
1997年の中国返還以降も中国で唯一、天安門事件の歴史的見直しを主張できる場所として追悼活動と中国の民主化支援をする香港。常に「祖国」があり、それの抱える悲劇も問題も共有していこう、という姿勢があった。「中国とは違う」から、その地の利を活かして中国が良化することを願う。香港市民支援愛國民主運動聯合會(支連会)の動きがまさにこれにあたる。
それに対して「中国とは違う」から香港の自分たちには関係ない、と感じる若い世代が台頭している。「九十後」、1990年以降の生まれの彼らが最初に目立ったのは2012年、香港政府が推進しようとした愛国教育への抗議活動で、教育者や市民にまじり、この愛国教育の対象となる中学生(日本で言う中学・高校)たち自身が参加したばかりか、この抗議運動の中心を担ったのは16歳の若者だった。
そして2014年の雨傘運動
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