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香港デモ 中国はなぜ「譲歩」を認めたのか

香港「100万人」デモを無視できなくなった中国共産党。一番得をしたのは誰か?

古谷浩一 朝日新聞論説委員(前中国総局長)

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習近平は何を考えていたのか

 いきなりだが、時計の針を半年ほど前に戻させていただきたい。昨年11月12日のことだ。

 キャリー・ラム長官は北京の人民大会堂のなかで、習近平国家主席と向き合っていた。改革開放40周年を記念した式典に参加するために北京を訪れた香港代表団。その代表だったラム氏に対し、習氏は香港の人々の「心の(中国への)返還」という話題を提起したうえで言ったという。

 「急ぐべからず、でも、ゆっくりであってもならない」

 さて、いったい何を意味した言葉なのか。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」。日本人ならば、徳川家康が残した、そんな言葉を思い出すところだが(そんなのは私だけかもしれないが)、当然ながら、習氏の言葉はこれとはまったく関係ない。

 当時の地元報道によると、香港側の受け止めは、この言葉は「おれは23条を忘れてはいないぞ」という習氏のメッセージだというものだった。

 23条とは、香港の憲法にあたる基本法のうち、政権転覆や国家分裂を禁じた条項。香港政府は2003年に、これを具体化するための条例を制定しようとしたが、大規模な反対デモが起き、断念した経緯がある。ただ、その後も中国共産党政権は、香港を中国化するためにはどうしても必要な条例だとして、制定をあきらめていない。

 ラム氏は2017年に行政長官に就任した後、選挙制度の民主化を求めた2014年の「雨傘運動」のリーダーたちを次々と摘発したり、中国の国歌を侮辱する行為を罰するようにしたりするなど、香港の中国化を進めるような措置や政策に精力的に取り組んできた。しかし、香港市民の抵抗が根強い国家安全条例の制定には手をつけずにきていた。

 「一国二制度」と言いながら、「二制度」ではなく、「一国」に重きをおく習近平体制からすれば、ラム氏の働きは十分ではないと映っていたらしい。習氏はそれ以上の具体的な表現をしなかったとされるが、婉曲に不満を伝えようとした。少なくとも香港側はそう受け止めた。

 その後、北京の中央政府と香港政府との間でどのようなやりとりがあったのかは分からない。ただ、今春になって、香港政府は突然、刑事事件の容疑者の中国本土や台湾、マカオへの身柄引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を打ち出したのだ。

 改正の理由とされる殺人事件は昨年2月、台湾で起きていた。台湾で殺人事件を起こした容疑者が、香港で殺人罪に問うことも出来ず、かといって台湾に身柄を引き渡すことも出来ないとの問題が生じていたのは確かだが、容疑者は昨年3月の時点で、香港当局に身柄拘束されていた。なぜ今春になって急に香港政府が動いたのか。何とも唐突感は否めない。

 改正案は事実上、中国の司法を香港に持ち込む措置である。中国が刑事事件の犯罪者とみなせば、香港に住んでいる人々(外国人を含む)の身柄が中国本土に引き渡されてしまう。もっと言えば、この改正が行われれば、国家安全条例がなくても、共産党政権が求めている状況はかなりの部分、実現できる。

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筆者

古谷浩一

古谷浩一(ふるや・こういち) 朝日新聞論説委員(前中国総局長)

1966年生まれ、神奈川県出身。1990年、朝日新聞社に入社。前橋支局、大阪本社社会部、東京本社経済部などを経て、上海、北京、瀋陽で特派員に。2012年1月から2013年8月まで東京本社国際報道部次長。2013年9月から2018年1月まで中国総局長。2018年4月から国際社説担当の論説委員。 1993年から1994年まで中国・南京大学、1997年から1998年まで韓国・延世大学でそれぞれ留学研修。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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