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新疆ウイグル自治区を『収容所群島』に変えた能吏

陳全国の人物像に迫る

柴田哲雄 愛知学院大学准教授

順調そのものの出世

 陳全国の経歴から見ていくことにしましょう。陳全国は1955年11月に河南省駐馬店市平與(へいよ)県で生を享けました。平與県一帯は「エイズ村(村人が農業だけでは食べていけず、売血を繰り返した挙句に、エイズに集団感染した)」があるなど、全国有数の貧困地帯です。陳全国によれば、陳は「農民の息子で、多くの親戚が今もなお故郷の農村に住んでいる」とのことですので(王向前ほか)、先祖代々平與県の寒村で、貧困にあえぎながら農業に従事してきたものと思われます。陳全国は習近平などと違って、有力な政治家・官僚を親にもつ「太子党」ではなく、叩き上げのエリートなのです。

 陳全国は、数少ないチャンスを確実にものにすることで、出世の足掛かりをつかんできました。陳全国は1973年に人民解放軍の兵士となり、76年に共産党に入党すると、77年に駐馬店の自動車部品工場の工員になりました。陳全国に訪れた最初のチャンスは、大学入試の再開でした。陳全国は、大学入試が再開された最初の年に、非常に高い倍率を突破して、河南省の名門・鄭州大学経済学部の合格を見事に勝ち取っています。ちなみに陳全国と同い年の李克強もまた同時期に最難関の北京大学法学部に合格しています。

 陳全国は1978年に大学に入学しましたが、在学中に二度目のチャンスが訪れました。1980年に「選調生(選抜生)」制度が再開されたのです。この制度は、各省の党委員会が大学生のなかから優秀者を選抜して、地方の現場で経験を積ませた後に、将来の指導者の候補にするというものです。陳全国はこのチャンスもものにして、最初の「選調生」に選ばれています。習近平と違って、特別なコネクションをもたない陳全国にとって、鄭州大学に合格したことに続いて、「選調生」に選ばれたことは、党官僚としての出世の足掛かりをつかんだことを意味していました。

 陳全国の出世は順調そのものであり、その出世振りは雑誌に取り上げられているほどです(夏自釗)。陳全国が1981年に大学を卒業した後、最初に赴任したのは故郷の平與県の辛店人民公社(現在は辛店郷政府)でした。その7年後の1988年に、陳全国は河南省遂平県のトップ(党委員会書記)に就任しましたが、文化大革命後の同省の県のトップたちのなかでは最年少でした。1998年に陳全国は、河南省漯河(らが)市のナンバー2(党委員会副書記・市長)から一躍同省の副省長に抜擢され、以後、2000年に同省の人事部門のトップ(組織部長)、03年に同省党委員会副書記などを歴任しました。その後、2009年に河北省のナンバー2(党委員会副書記・省長)に昇格し、11年にはついにチベット自治区のトップ(党委員会書記)に君臨するようになります。

 なお2002年から04年にかけて、李克強が河南省のトップ(党委員会書記)を務めており、その間、陳全国は部下として李に仕えていたことになります。こうした経緯から、陳全国は李克強の腹心と見なされ、胡錦涛派に分類されています(『日本経済新聞』)。ただし陳全国には、胡錦涛や李克強らの権力基盤である共産主義青年団系統での職務経験はありません。

 また陳全国は勤務のかたわら、武漢の大学から1997年に経済学の修士学位を、2004年には管理学の博士学位を、それぞれ取得しています。博士論文の題目は「中国中部地区における労力資本の蓄積と経済発展との間の相関性についての研究」というものです。陳全国は、河南省の指導者として多忙な日々を送りながらも、公務の合間を縫って、同省の経済状況に関する知見を学術的に集大成していたのです。日本の財務省のキャリア組のなかにも、激務の合間を縫って、博士号を取得するような強者がいますが、陳全国はそうした強者同様に、抜群の能吏だと言ってよいでしょう。

 ただし、海外のネット上には、陳全国の博士論文が剽窃だらけだという噂が出回っています(ちなみに習近平も地方政府在任中に、農村の市場化に関する研究によって清華大学から博士号を取得しましたが、やはり代筆疑惑が持ち上がっています)。


筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 愛知学院大学准教授

1969年、名古屋市生まれ。中国留学を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2002年以来、愛知学院大学教養部に奉職。博士(人間・環境学)を取得し、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務める。主著に、汪兆銘政権とヴィシー政府を比較研究した『協力・抵抗・沈黙』(成文堂)。中国の亡命団体に関して初めて本格的に論じた『中国民主化・民族運動の現在』(集広舎)。習仲勲・習近平父子の生い立ちから現在に至るまでの思想形成を追究した『習近平の政治思想形成』(彩流社)。原発事故の被災地にゆかりのある「抵抗者」を発掘した『フクシマ・抵抗者たちの近現代史』(彩流社)。汪兆銘と胡耀邦の伝記を通して、中国の上からの民主化の試みと挫折について論じた『汪兆銘と胡耀邦』(彩流社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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