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新疆ウイグル自治区を『収容所群島』に変えた能吏

陳全国の人物像に迫る

柴田哲雄 愛知学院大学准教授

「俺の親父は李剛だ」事件で見せた危機管理能力

 しかし、たとえ剽窃の噂が確かだとしても、陳全国が抜群の能吏であることはまちがいありません。陳全国が2011年にチベット自治区のトップに抜擢されたのは、党中央によって、長年にわたる地方での職務経験に加えて、河南・河北両省での治績が高く評価されたからです(夏自釗)。もっとも、この場合の治績とは、経済発展よりも、危機管理に比重が置かれていたと言ってよいでしょう。それを端的に示しているのが、日本でも話題になった「俺の親父は李剛だ」事件です。

 2010年10月、河北大学の構内で2人の女子大生が自動車に轢かれた時に(しかも1人は死亡しました)、加害者である運転手の男性が「文句があるなら訴えてみろ、俺の親父は李剛(河北省保定市の公安分局の副局長)だ」と放言して立ち去ったところ、これがインターネットを通して大々的に広まりました。ネット掲示板はバッシングの書き込みであふれ、「俺の親父は李剛だ」という歌、詩、映像作品、ゲームなどがつくられたほどです(原田曜平)。

 「俺の親父は李剛だ」事件の騒ぎがここまで大きくなったのは、「太子党」の特権階級化を象徴する事件だったからだと言えるでしょう。それだけに、同事件の解決を一歩でも誤れば、世論の批判の矛先は党中央に向かいかねませんでした。

 陳全国は当時、河北省のナンバー2でしたが、時宜を得た声明を出すことで、沸騰する世論の沈静化に成功しています。陳全国は「法律に従って厳粛に処理する」と述べた上で、すでに同事件を担当する専門チームを編成して、河北大学で処理に当たらせているなどと伝えたのです(王向前ほか)(もっとも後日被告に下された判決は予想よりも軽いものでしたが)。

 「俺の親父は李剛だ」事件のエピソードからも明らかなように、陳全国は危機管理能力を十二分にそなえていたと言ってよいでしょう。党中央は一貫して政治的安定を最重要視してきましたが、その実現の鍵の一つは、言うまでもなく指導者の危機管理能力です。そこで陳全国に、複雑な民族問題を抱えて政治的に不安定化していたチベット自治区のトップとして、白羽の矢が立ったのでしょう。

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筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 愛知学院大学准教授

1969年、名古屋市生まれ。中国留学を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2002年以来、愛知学院大学教養部に奉職。博士(人間・環境学)を取得し、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務める。主著に、汪兆銘政権とヴィシー政府を比較研究した『協力・抵抗・沈黙』(成文堂)。中国の亡命団体に関して初めて本格的に論じた『中国民主化・民族運動の現在』(集広舎)。習仲勲・習近平父子の生い立ちから現在に至るまでの思想形成を追究した『習近平の政治思想形成』(彩流社)。原発事故の被災地にゆかりのある「抵抗者」を発掘した『フクシマ・抵抗者たちの近現代史』(彩流社)。汪兆銘と胡耀邦の伝記を通して、中国の上からの民主化の試みと挫折について論じた『汪兆銘と胡耀邦』(彩流社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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