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核不拡散条約(NPT)は閣僚主導で推進を

発効50年。来春のレビュー会議の成功は事務レベルではなしえない

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

核不拡散条約の再検討会議に向けた準備委員会=2019年5月10日、米ニューヨークの国連本部
 今日の世界において、核兵器の拡散防止のための最重要な国際条約はNPT(核兵器不拡散条約、通称は核兵器拡散防止条約)である。この条約は1970年に発効し、5年ごとに条約の運用状況を検討するためのレビュー会議(運用検討会議)が開催されている。

 来年はこの条約の発効50年目の節目となるが、今年5月前半に開催された準備会合は、近年の核軍縮の停滞に対する非核兵器国(核兵器不保有国)の不満の増大を背景にして、核兵器国(核兵器保有国)との対立は激化し、来年の運用検討会議に向けた勧告案の採択に合意できなかった。

 またイスラエルの核保有とこれに危機感を覚えるアラブ諸国及びイランの動向などをめぐって、従来からの懸案である中東非大量破壊兵器地帯構想をめぐる問題はあいかわらず大きな火種として残っており、さらに北朝鮮の核開発に関してはNPTはほとんど有効な機能をはたしていない。

 NPTをめぐる環境はこのように極めて厳しいものがあるが、NPT運用検討会議の出席者の中には「過去の多くの準備会合は勧告の採択に失敗しているので、特に今回悲観的になる必要はない」との楽観的な見方も見られる。

 しかし今日NPTが直面する危機は従来にも増して深刻なものであり、来年の運用検討会議の成功のめどは全く立っていない。このような状況の中で、まずNPTの現状を直視して主要な課題を検討し、会議の成功のためには何が必要かを追求したい。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が指導した2019年5月4日の軍事訓練=労働新聞のホームページから

1.NPTの現状

 日本は唯一の被爆国という事情もあり、国論が大きく分かれることもなく1970年にこの条約に署名し、76年に批准した。

 1970年のNPT発効時点ではいくつかの国が核開発を推進または研究中であったが、90年代に入ってから国際社会による説得やそれぞれの国内事情により、南アフリカ、アルゼンチン、ブラジルの3国が核兵器開発を断念してNPTに加入した。これはNPTの存在価値が高く評価された実績である。

 他方、イスラエルは以前より核兵器を保有していると推定されており、さらに90年代の後半にはインドとパキスタンが次々と核実験を実施して事実上の核保有国となり、この3か国はNPT非加盟の態度を貫いている。また北朝鮮は2003年にNPTからの脱退を宣言して、事実上NPT体制から離脱している。

 現在NPTの加盟国は191カ国に及び、この条約の根本は、①核兵器の保有を米、露、中、英、仏の5か国(核兵器国)に限定してその他の国・地域への拡散を禁止すること、及びこれ並行して、②核兵器国は核軍縮を推進する義務を負うこと、さらに③非核兵器国における原子力の平和利用を推進することという三つの柱からな成り立つものであるが、条約発効から50年にならんとする今日、①と②の柱が大きな壁に直面している。

2.核軍縮の停滞と非核兵器国の焦燥感

(1)INFは今夏消滅の見込み

 確かに世界に存在する核兵器の数量は冷戦時代の1980年代半ばをピークに減少している。

 冷戦末期の米ソ間のINF(中距離核戦略)全廃条約及びその後のSTART(戦略兵器削減条約)などにより米国とロシアが有する核弾頭は4分の1程度に減少した。しかし、核兵器の質(威力)の面では核戦力の近代化が進んでいる。さらに中国の保有する核弾頭数は増大を続けている。

 このような状況の中で、トランプ政権が本年2月にINFからの離脱をロシアに通告し、ロシアもこれに呼応しているので、INFは今年の8月に消滅する見込みである。なお中国は一貫してINFの考え方には否定的で中距離ミサイルの増産を行っており、現在は400基以上を保有するとみられている。

(2)核兵器禁止条約

 非核兵器国側から見ると、このような現状はNPT第6条に規定された核兵器国による全面完全軍縮に向けた交渉の実施とはかけ離れたものと認識され、核軍縮を促す手段として、2017年7月に国連総会において核兵器禁止条約を採択した。

 この条約は50か国が批准すると発効するが、この条約が核兵器国の意見を全く無視して採択されたことで反発が強まっており、発効後も核軍縮の現実的な推進にどの程度具体的な効果を有するか大きな疑問がある。先月のNPT運用検討会議準備委会合においても、核軍縮の現状評価についての双方の対立は収まらなかった。

 核兵器禁止条約は来年のNPT運用検討会議の前後には正式に発効することも予想される中、運用検討会議においては核兵器国側の核軍縮についての姿勢が問われることになる。

ホワイトハウスで署名した文書を記者団に見せるトランプ米大統領(左)とイスラエルのネタニヤフ首相=2019年3月25日、ワシントン

3.中東非大量破壊兵器地帯をめぐる状況

(1)イスラエルの核武装

 NPTの直接関係者以外には余り知られていないことであるが、2000年以降に開催された4回の運用検討会議のうち2005年と2015年の2回の会議が決議の採択に失敗した主要因は、イスラエルの核武装に起因する中東非大量破壊兵器(WMD)地帯に関する条約締結のための国際会議開催問題であった。

 この国際会議については、2010年のNPT運用検討会議において、2012年までに開催されることが合意され、それがこの年の運用検討会議の成功に大きく貢献したが、結局この会議は2015年に至っても開催に至らなかった。

 そのため2015年の運用検討会議においては、この問題の対応に多くの時間と労力がさかれたが、核軍縮など他のほとんどの事項について実質的合意ができたにもかかわらず、中東非WMD地帯に関する国際会議について最後まで合意ができなかったために、決議全体が採択されなかった。

 しかも合意ができなかった主な問題点は、会議開催の時期についての明示をするか否かとか、会議における意思決定方法を全会一致とするか否かといういわば手続き的事項であったと伝えられ、運用検討会議の在り方に疑問を持たせる結果ともなった。

(2)米国とアラブ諸国の応酬

 中東非WMD地帯問題は、本来はNPT体制の推進のための中核的課題ではないが、アラブ諸国はイスラエルの核兵器に対抗するために、一貫してこの問題の推進に固執し、結果として運用検討会議の成功を妨げてきた。

 このような状況の中で昨年4月の第2回NPT準備委員会において、米国は「中東非WMD地帯問題を前進させるためには、NPTの運用検討会議のプロセスは適切ではない」との趣旨の作業文書を提出した。

 これをめぐって米国とアラブ諸国との間で激しい応酬が行われたが、アラブ側は米国の考えを逆手にとって、昨年10月の国連総会第1委員会において、中東非WMD地帯に関する会議を国連の枠内で開催するよう事務総長に委託する決定案を提出した。

 この決定案に対して、米とイスラエルは反対、日本や西欧諸国は棄権したが、アラブ諸国のほかロシアや一部非同盟諸国の賛成を得て採択された。

(3)米国の不参加

 このような形で中東非WMD地帯問題は、一応NPTの運用検討プロセスから国連主催の会議に移されたので、先月のNPT準備会議の場ではこの点についての議論が紛糾することもなく、勧告案においても国連主催会議に言及した一般的な表現に落ち着いた。

 しかしながら米国は本件会議には参加しない旨を表明しており、会議の開催自体も、また開催された場合にもその成果には大きな疑問が付されることになった。

核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会で演説する河野太郎外相=2018年4月24日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部

4.来年のNPT運用検討会議の成功のために

(1)同じフォーマットでは成果見えず

 冒頭にも述べた通り、NPTは50年に及ぶ歴史の中で核保有国を安保理の常任理事国でもある5つの核兵器国に限定できず、インド、パキスタン及びイスラエルが事実上の核保有国となった。さらに北朝鮮も現在米国と首脳同士の直接交渉を行っているが、非核化の完全実施には極めて消極的である。

 他方、NPTがいくつかの潜在的核能力保有国の核開発を断念させてNPT加盟国とすることに成功したことは高く評価されるが、核兵器国側の核軍縮が進展しなければ、非核兵器国側の反発は一層高まり、現在のNPT体制がこのまま永続的に維持される保証はない。

 また1995年のNPT無期限延長とセットで合意された中東非大量破壊兵器地帯構想が全く進展を見せず、年内に開催が想定されているこの問題に関する国連主催会議の成果も決して明るい見通しが立たない。

 このような状態のまま、従来と同じフォーマットで来年4月末から4週間にわたってNPT運用検討会議が開催されても、その成功はおぼつかないと判断せざるを得ない。

(2)事務レベルでは政治判断は困難

 2000年以降の4回の運用検討会議を通じていえることは、会議の議長はじめ各国の代表はほとんど事務レベルであり、時間に追われた最終段階で必要な現場の政治的判断が困難であったことである。

 この中で2000年と2010年は合意文書の表現を工夫してかろうじて採択にこぎつけたが、来たる2020年の会議においては、第一に核兵器国と非核兵器国の対立が2017年の核兵器禁止条約の署名を機に一層激化していること、及び第二に中東非大量破壊兵器地帯条約の交渉が全く進展していないことなどにより、2015年の失敗の二の舞となることが深く懸念される。

(3)閣僚レベルの交渉もない限界

 今日の世界の主要な国際会議は、政治、経済、環境などいかなる分野においても、政治レベルの討議と折衝を経て合意が図られるのが現実である。

 しかるに核不拡散・核軍縮という安全保障のかなめであって赤裸々な国益がぶつかるNPTにかかる最重要会議の運用検討会議が、すべて事務レベルで事を運ぶという従来のやり方は完全に限界を露呈していると言わざるを得ない。G7にしてもAPECにしても、またアジア・欧州会議(ASEM)にしても出席者は首脳レベルである。

 これに比して閣僚レベルの交渉でさえ行われていないNPTの運用検討会議は、いわば世界主要国際会議フィールドで2周遅れとさえ言える。このことは一昨年に広島で開催された国連軍縮会議(官民双方の参加)において、個人の資格で参加した私が指摘したことであり、その後、国連の軍縮担当次長である中満氏もこの考えに同調してリーダーシップを発揮し、舞台裏で種々検討が加えられているようである。

 この点は、今回の準備会議でも取り上げられて勧告案の中に、「2020年の運用検討会議においては、各国がハイレベルの代表を派遣するよう慫慂する」とのパラが挿入された。これはNPT運用検討会議の歴史上初めてのことであり、画期的といえる。

(4)会議終盤に閣僚折衝を

 問題は、どのタイミングで、いかなる形で政治レベルの関与を得るかである。

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