メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

奈良美智さんがヨルダンの難民キャンプで見たもの

フォトジャーナリスト安田菜津紀がシリア難民キャンプを訪れた世界的美術家に聞いた

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

ザータリとアズラック。ふたつのキャンプ

――ここでヨルダンの状況について少しお話します。ヨルダンにはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が管轄する大きなシリア難民キャンプがふたつあります。ひとつがザータリ難民キャップ。ヨルダンの北部にあり、シリア国境から15キロしか離れていないので、天気のいい日はシリアがうっすら見えたりします。8万人近くが暮らし、半数以上が18歳未満です。

 もうひとつはアズラック難民キャンプ。人口規模は4万人強です。近くに集落の姿が見えるザータリ難民キャンプとは違って周りには何もなくて、荒野にポツンとキャンプがあるという感じです。今回、このふたつのキャップを訪れられ、どんな印象を持たれましたか?

拡大奈良美智さん=6月16日
奈良 2002年に訪ねたアフガニスタンやパキスタンのキャンプは、国連が関与しているわけではなく、自然にできた難民キャンプでした。鉄条門で囲われることもなく、誰がそこの住民か分からない。カオスでしたね。

 今回訪れた難民キャンプは、ザータリにしてもアズラックにしても、管理がとてもしっかりしていた。鉄条門で囲われ、中に入るときは、ここで捕まってしまうんじゃないかというぐらい、厳しい検査がありました。まずそれに驚きました。

――管理の厳しさが、ぜんぜん違ったと。

奈良 だけど、中に入ると、ザータリ難民キャンプはパキスタンやアフガニスタンのキャンプと似ていましたね。以前の生活を持ち込むにせよ、そこで新しく生活を始めるにせよ、それが根付いている感じがした。家にしても、最初は与えられたと思うけれど、自分で改良したり、いろんなものを継ぎ足したりしていました。馬やロバも連れてきていて、街中にとにかく活気があった。

――確かに、ザータリキャンプの入り口を入ってすぐのところには、誰が最初に呼び始めたのか、「シャンゼリゼ通り」といわれる市場ができていますね。私も入り口の警備が非常にものものしい印象は受けたんですが、実は人が外にこっそり抜け出して、モノを仕入れてくるといった隙はありました。対照的にもうひとつのアズラックは……。

奈良 アズラックはほんとうに荒野にポツンとある感じで、同じようなかたちの住居が、コンテナのように規則正しく並んでいる。あまりにも整理整頓されていて、人間が本来もっている自由度が少ないというか、そういうところまで管理されている印象でした。ザータリは活気がある分、(キャンプ開設直後は)犯罪や事件も起きたので、アズラックではちゃんと管理をしようということになったと聞いたんですが、ちょっと管理しすぎではないかと思いました。

将来像を描きにくい難民の子どもたち

拡大安田菜津紀さん=6月16日
――一口に難民キャンプといっても同じではないんですね。過剰な管理が人間味を奪ってしまうこともあるかもしれません。ところで、ザータリ難民キャンプでは、「国境なき子どもたち」というNPOが学校の支援をしています。今回、奈良さんはそこで授業をしたとか。

奈良 それをやるために行ったので、しなくてはいけなかったんだけど。

――どういう授業だったんですか。

奈良 まず僕が産まれ育った日本の北国、僕は青森県出身なんだけど、僕が子どものころに見た風景のスライドを見てもらいました。雪が降っているなかで遊ぶ、鼻水のたれた子どもたちがいっぱいでてきてね。学校のなかで山羊を飼ったりしていた60年代の地方の暮らし。

――青森の学校ですね。

奈良 僕は1959年生まれですが、当時は東京の暮らしというかテレビドラマで見るような暮らしは、青森もそうですが、地方にはありませんでした。いまの難民キャンプの環境に近いと思って見せました。生きるのに精いっぱいな感じですね。自分が生まれ育った青森の昔の風景をみせ、そこから60年代から70年代にかけ、日本の高度経済成長に伴って田舎もかわって格差がなくなり、だんだん東京に似ていく。そういう課程をみせました。

――子どもたちの中で、日本についての漠然としたイメージが、奈良さんの目を通して、具体的になったと思うんですが、子どもたちからいろいろ質問があったんじゃないですか。

奈良 いろんなな質問があったけど……。そうだなあ、質問自体はどこの国の子どもとも変わらない。奈良さんは犬が好きなんですかとか、犬ばっかり描いてますねとか、どうやったら画家になれるんですかとか。それは、ちょっとドキッとしたね。

――難民キャンプの生活が長くなると、自分がどうなるのか、将来像を具体的に描けないかもしれません。画家という奈良さんの仕事が、ひとつの選択肢にはなったかもしれないですよね。

奈良 なったかもしれないけど、こんな奴でもなれるんだと思った子がいるかもしないね。

拡大ザータリ難民キャンプ内、JPF加盟NGOの国境なき子どもたち(KnK)が支援している学校を訪問。奈良さんのトーク後、生徒たちはそれぞれが描いた絵を奈良さんにプレゼントした。©JPF

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。写真絵本に『それでも、海へ 陸前高田に生きる』(ポプラ社)、著書に『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』(新潮社)。『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

安田菜津紀の記事

もっと見る