奈良美智さんがヨルダンの難民キャンプで見たもの
フォトジャーナリスト安田菜津紀がシリア難民キャンプを訪れた世界的美術家に聞いた
安田菜津紀 フォトジャーナリスト
キャンプの中で楽しいことを見つける子どもたち
――事後レポートを読ませてもらったときに、印象に残っているやりとりがあって、どうして犬の絵を描くんですかという質問に対して……。
奈良 悲しい話ですね。
――奈良さんは小さいとき、飼っていた犬が言うことをきかなくて、親にその犬を捨ててきなさいと言われ、泣く泣く捨てにいった。いまだに申し訳なく思っていると話されたんです。私はズシンときました。難民キャンプでは、大切なものを手放さなかった子はおそらくいないはず。その話が子どもたち心にどんな風に残ったのかと気になったんです。
奈良 僕が描いたり、つくったりする犬は、怒ってはいなくて、おとなしい顔で、ときには目を閉じて瞑想しているような犬ばっかりなんだよね。なんで犬を描くんですかと聞かれたとき、自分は許してほしいと思っているのかなと思ったりしてね。でもね、キャンプにいるほとんどの子は、シリアの記憶はないんだよね。小さいころに、キャンプに来ているからね。
――小学校とかに通っている子たちはそうですよね。
奈良 キャンプで生まれた子どももいる。みんなその世界で楽しいことを見つけて遊んでいたりする。彼らにとって、そこしかないからね。そこは大人と違うところですね。
モノが豊富なスーパーマーケット。「瞳認証」にびっくり
――学校だけではなくて、キャンプで生活しているご家庭も訪れたとか。
奈良 行きました。
――一緒に買い物をしたり、お料理をしたりされましたと聞きましたが、いかがでしたか。

アブドッラーさんファミリーと難民キャンプ内のスーパーで材料の買い出しをした後、一緒にシリア家庭料理をクッキングした。©JPF
奈良 大きなスーパーマーケットもあって、びっくりしたのは、モノがとにかく豊富なこと。しかも、みんなお金を払わない。レジでは「瞳認証」のシステムで個人の口座からお金を引き落とす。すごいと思いました。
――料理はどうでしたか。
奈良 おいしかった! シリア料理はおいしんですよ。レモンをつかって。
――モロヘイアもあって。
奈良 煮たやつね。チキンも一回、ゆでてから油であげて、ゆでた汁で炊いたごはんの上にそれをのっけて食べる。実にうまい。
――味もさることながら、シリアの人たちを接していると、おもてなしとか心とかに私はいつも心を動かされます。
「俺の家はお前の家」というシリアの人たち

ザータリ難民キャンプでランチを一緒にした子どもたちと。©JPF
奈良 あちらの人はほんとうに歓迎してくれる。よくきた、よくきたと、もったいないぐらいにいろんなことをしてくれて。そういう習慣なんだよね。
――俺の家はお前の家というウエルカムの仕方をしてくれますね。
奈良 一緒にご飯をつくって、一緒に食べて、片付けて洗うじゃん。おばちゃんに、「もっと丁寧に洗え」としかられてね。洗い残しがあったみたいで。厳しい!と思ったよ。
――家族の一員のような扱いですね。現地の画家の家にも行かれたとか。
奈良 絵を描くのが好きな人たちがつくっていたアートスペースを訪ねたときに、そこの代表者の30代の画家・サミールがいろいろ説明してくれた。なんか学生時代の友だちみたいだったので、「家にいっていい?」と聞いたらいいよと。彼は家でも絵を描いていて、まさに美大生の部屋だったね。そこら中に絵の具が落ちていて、踏むと靴下に絵の具がつくような。
――いわゆるアトリエという感じですね。
奈良 美しい風景や故郷の風景を趣味で描いている人もいるんだけど、彼はモノを創造するまさしくアーティストだった。たぶんシリアにいたときも、難民キャンプにいるときも、一時期アンマンにもいたというんだど、どこにいても自分が理想とする絵を描いていたんだろうなと。勝手にうれしくなってしまった。