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香港市民はなぜ、大規模デモをするのか?(下)

街へ出でよ、そして群れよ!香港市民が中国政府に勝つためにやったこと

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

林鄭月娥長官のBBC記者会見(撮影:五野井郁夫)

市民の反発をかった行政長官の記者会見

 抗議する市民の頭に直接銃口を向け、水平撃ちすることが当たり前になった香港に15日早朝、筆者は降り立った。

 その日の昼、現地の友人たちと連絡を取りつつ、ホテルで抗議行動への合流準備をしながらBBCを見ていると、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が103万人が参加した6月9日の大規模デモを受け、世論沈静化のために改正案を無期限「延期」すると記者会見で表明していた。
香港市民は勝ちつつある――
と感じた。

 しかしながら、林鄭長官は武力弾圧について一切謝罪せず、高圧的な態度に終始した。結果的に、この記者会見はかえって市民の反発を強めることとなった。

「香港のゲバラ」が語ったこと

プレス記者会見(撮影:五野井郁夫)
 この記者会見を受けて、103万人デモの主催者である学生と市民グループが、立法会から至近距離にあるタマール公園で「記者会見」を開いて事実上の勝利宣言を出し、「不撤不散」(改正案の撤廃なくして解散なし)として一歩も引かないことを表明したうえで、林鄭長官の辞任を求めた。

 記者会見に出席した主催者グループのメンバーのひとりに「香港のゲバラ」の異名を持つ梁国雄(レオン・クオックホン)前立法会議員(雨傘運動の象徴である傘を議場で掲げたため議員資格を抹消)がいた。彼とは雨傘運動以来、しばしば話をする関係にあったので記者会見後、正式インタビューを申し出たところ、快く応じてくれた。

「香港のゲバラ」へのインタビューの様子 (撮影:五野井郁夫)
 梁氏がまず語ったのは、林鄭行政長官の対処ミスが今回の抗議を惹起しており、デモ参加者が非暴力で抗議しているなかで、もし以後も警察が暴力を振るうなであれば、その責任はすべて林鄭長官に帰する、ということだった。今後、改正案を日程通りに通せなければ、イギリスのテリーザ・メイ首相がブレグジットを期限内に完了できなかったのと同様の構図となる。したがって、林鄭行政長官メイ首相のように、責任をとって潔く辞任すべきだというのが彼の持論である。

 国論を左右する法案の採決にこぎ着けず、かつ社会をこれだけ混乱させた原因のひとつは、林鄭長官に他ならない。それゆえ、2022年の任期満了を待たずに引責辞任すべきだという彼の主張は、選挙民主主義が機能せず、イギリスや日本のように国民投票もできない香港では、路上に身体を持っていく直接行動しか世論を意思表示する方策はないという状況下では、確かに筋が通っている。

抗議者数をカウントする関係者(撮影:五野井郁夫)抗議者数をカウントする関係者(撮影:五野井郁夫)
 梁氏は、主催者発表で103万人というデモの人数に対し、香港政府が24万人程度と発表したことについても、主催者グループ内で科学的手法を用いてカウントしており、相当程度正確であると説明した。

 そのうえで梁氏は「われわれ以上に実際のデモ参加者の正確な数字を把握しているのは香港政府、中国政府だろう」と述べた。つまり、2015年の雨傘運動とは比較にならないほどの香港市民がデモに参加したことに中国政府が脅威を感じたからこそ、今回、改正案を無期限延期せざるを得ないと判断したというのだ。

監視社会だからこそ「街に出でよ!」

ヴィクトリアパークそばの道路を埋め尽くすデモ参加者(撮影:五野井郁夫)
 ここにわれわれは、街中に設置されたカメラでわれわれの行動のすべてを捉えることによって、まるで全能であるかのように振る舞う監視権力のまなざしから逃れることのできない社会が完成した時代において、監視権力側のまなざしを逆に利用することを通じて、民衆の勝利を可能にするという、新たな現象の到来を見出す。

 政府見解では過小に広報されるものの、参加者数の実数が本当は何百万人に及ぶという事実は、路上に現れるわれわれの身体の数や特徴を完全に把捉する技術を政府側が有していることによって、主観をまじえず、これまで以上に自動的に把握される。そのため、われわれ市民の側が身体をもちいて大規模な非暴力の抗議を市街で行うだけで、武力に頼らずに強大な権力を掌握している政府を震え上がらせ、その決定を変えることができるのである。

立法会前で抗議する人々(撮影:五野井郁夫)
 これは、監視国家が完成したことで初めて可能になった現象であり、逆説的に言えば、中国政府が参加者数を完全に数え上げることができなければ、われわれは勝つことができなかったのだ。われわれは強大な監視権力を揮(ふる)う政府という、ジョージ・オーウェルの『1984年』的な政治状況に対して、われわれの民主主義が勝利できるひとつの方法へとたどり着いたのだ。

 それは、「街へ出でよ、そして群れよ」である。

 今後、日本や世界で圧政が行われたとき、民主主義を愛するわれわれは、迷わず路上へと出ようではないか。われわれの身体性は、いかなる圧政をも凌駕(りょうが)するからだ。

 監視社会が徹底された社会における抵抗の手段とは何か、直感的に理解していた香港の市民たちは、家の中でパソコンやスマートフォンのスクリーンを眺めて、書き込むだけではなく、SNSを通じて情報を拡散しつつ103万人デモを行うことで、その身体性によって中国政府を動かしたのだ。

香港をめぐる国際情勢も影響

 もちろん、今回、改正案が事実上廃案となった背景には、他にも複合的な要因が数多く重なっている。

公教公民の事務局長・方博士(撮影:五野井郁夫)
 今回の一連のデモは、百を超えるNGOや市民社会の緩やかな連合体によって企画・運営された。それら運営団体のひとつで、筆者もメンバーに名を連ねる香港を中心とした学者集団・高教公民(Progressive Scholars Group)の事務長で、香港教育大學の香港研究學院副總監でもある政治学者の方志恒(ブライアン・フォン)博士は、人々による大規模動員に加えて、近年の国際政治情勢も大いに影響したのだという。

 香港と中国をめぐる現在の国際政治は、中米関係と世界経済の行方とからむ。融和的な姿勢を保っていた民主党オバマ政権などの頃と異なり、共和党トランプ政権下のアメリカは、中国に譲歩することなく、通商交渉ではつねに強硬姿勢を取っている。そこでトランプ政権が中国に対して切る「カード」のひとつは、他でもない中国の人権問題である。仮に今回、香港政府が「天安門事件」のときのように弾圧を強め、数多くの流血と犠牲を出すならば、トランプ政権は必ず通商交渉で中国に強硬姿勢を貫く口実とするであろう。

 さらに欧州経済が不況に陥り、中国も経済成長が鈍化しているなか、中国経済を牽引(けんいん)する香港が担う通商と金融拠点としての役割を、中国政府は継続させる必要がある。しかしながら、先に説明したとおり「逃亡犯条例」改正案は、香港を訪れる外国人ビジネスマンや観光客をもその対象とするため、負の影響が当然出てくる。香港の抗議行動に本土で行っているような弾圧をしたところ、海外メディアがすぐに報道し、国際的に批判が高まったことは、北京の政府にとっては大きな外圧として機能したのだ。

 このような国際政治要因から、米中貿易交渉の悪化と香港経済への悪影響を懸念するがゆえに、中国政府と香港政府は改正案を強引に採決にする姿勢を改めざるを得なかったのである(なお香港をめぐる国際政治経済要因にかんして方博士はThe Dipromatに論説を寄稿している)。

 こうした国際政治要因から、米中貿易交渉の悪化と香港経済への悪影響を懸念するからこそ、中国政府と香港政府は改正案を強引に採決にする姿勢を改めざるを得なかったのである。

黒い服と喪章をつけて

 さらに、市民たちの行動に拍車をかける事件が15日夜に起きた。民主主義を守ろうとした雨傘運動の象徴である黄色いレインコートを着た青年男性が、金鐘(アドミラルティ)の巨大ショッピングモールである太古広場(パシフィックプレイス)のビルの上で数時間抗議したのち、投身自殺したのだ。

 男性は「逃亡犯条例を完全撤回せよ。われわれは暴徒ではない。学生と負傷者を解放せよ。林鄭月娥は辞任せよ。香港を救え」と書かれた横断幕を掲げていたという。彼の死を弔うため、人々は黒い服を身にまとい、喪章を付け、花束を手に16日、香港の路上へと集結したのである。

追悼のために紙の花を折っている人々(撮影:五野井郁夫)
紙の花を⼿に追悼をしつつ歩む(撮影:五野井郁夫)

 16日午後のデモ行進は14時半から開始だったが、

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