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香港市民はなぜ、大規模デモをするのか?(下)

街へ出でよ、そして群れよ!香港市民が中国政府に勝つためにやったこと

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

監視社会だからこそ「街に出でよ!」

拡大ヴィクトリアパークそばの道路を埋め尽くすデモ参加者(撮影:五野井郁夫)
 ここにわれわれは、街中に設置されたカメラでわれわれの行動のすべてを捉えることによって、まるで全能であるかのように振る舞う監視権力のまなざしから逃れることのできない社会が完成した時代において、監視権力側のまなざしを逆に利用することを通じて、民衆の勝利を可能にするという、新たな現象の到来を見出す。

 政府見解では過小に広報されるものの、参加者数の実数が本当は何百万人に及ぶという事実は、路上に現れるわれわれの身体の数や特徴を完全に把捉する技術を政府側が有していることによって、主観をまじえず、これまで以上に自動的に把握される。そのため、われわれ市民の側が身体をもちいて大規模な非暴力の抗議を市街で行うだけで、武力に頼らずに強大な権力を掌握している政府を震え上がらせ、その決定を変えることができるのである。

拡大立法会前で抗議する人々(撮影:五野井郁夫)
 これは、監視国家が完成したことで初めて可能になった現象であり、逆説的に言えば、中国政府が参加者数を完全に数え上げることができなければ、われわれは勝つことができなかったのだ。われわれは強大な監視権力を揮(ふる)う政府という、ジョージ・オーウェルの『1984年』的な政治状況に対して、われわれの民主主義が勝利できるひとつの方法へとたどり着いたのだ。

 それは、「街へ出でよ、そして群れよ」である。

 今後、日本や世界で圧政が行われたとき、民主主義を愛するわれわれは、迷わず路上へと出ようではないか。われわれの身体性は、いかなる圧政をも凌駕(りょうが)するからだ。

 監視社会が徹底された社会における抵抗の手段とは何か、直感的に理解していた香港の市民たちは、家の中でパソコンやスマートフォンのスクリーンを眺めて、書き込むだけではなく、SNSを通じて情報を拡散しつつ103万人デモを行うことで、その身体性によって中国政府を動かしたのだ。

香港をめぐる国際情勢も影響

 もちろん、今回、改正案が事実上廃案となった背景には、他にも複合的な要因が数多く重なっている。

拡大公教公民の事務局長・方博士(撮影:五野井郁夫)
 今回の一連のデモは、百を超えるNGOや市民社会の緩やかな連合体によって企画・運営された。それら運営団体のひとつで、筆者もメンバーに名を連ねる香港を中心とした学者集団・高教公民(Progressive Scholars Group)の事務長で、香港教育大學の香港研究學院副總監でもある政治学者の方志恒(ブライアン・フォン)博士は、人々による大規模動員に加えて、近年の国際政治情勢も大いに影響したのだという。

 香港と中国をめぐる現在の国際政治は、中米関係と世界経済の行方とからむ。融和的な姿勢を保っていた民主党オバマ政権などの頃と異なり、共和党トランプ政権下のアメリカは、中国に譲歩することなく、通商交渉ではつねに強硬姿勢を取っている。そこでトランプ政権が中国に対して切る「カード」のひとつは、他でもない中国の人権問題である。仮に今回、香港政府が「天安門事件」のときのように弾圧を強め、数多くの流血と犠牲を出すならば、トランプ政権は必ず通商交渉で中国に強硬姿勢を貫く口実とするであろう。

 さらに欧州経済が不況に陥り、中国も経済成長が鈍化しているなか、中国経済を牽引(けんいん)する香港が担う通商と金融拠点としての役割を、中国政府は継続させる必要がある。しかしながら、先に説明したとおり「逃亡犯条例」改正案は、香港を訪れる外国人ビジネスマンや観光客をもその対象とするため、負の影響が当然出てくる。香港の抗議行動に本土で行っているような弾圧をしたところ、海外メディアがすぐに報道し、国際的に批判が高まったことは、北京の政府にとっては大きな外圧として機能したのだ。

 このような国際政治要因から、米中貿易交渉の悪化と香港経済への悪影響を懸念するがゆえに、中国政府と香港政府は改正案を強引に採決にする姿勢を改めざるを得なかったのである(なお香港をめぐる国際政治経済要因にかんして方博士はThe Dipromatに論説を寄稿している)。

 こうした国際政治要因から、米中貿易交渉の悪化と香港経済への悪影響を懸念するからこそ、中国政府と香港政府は改正案を強引に採決にする姿勢を改めざるを得なかったのである。

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筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

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