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「挫折」から「一強」へ。安倍晋三政権の権謀術数

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(19)

星浩 政治ジャーナリスト

拡大第2次安倍晋三政権が発足。記念撮影をする首相と閣僚ら=2012年12月26日、首相官邸

官邸の布陣を強化、経済政策に重点

 2012(平成24)年12月26日、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。5年ぶりに首相官邸の主となり、第2次安倍内閣を発足させた安倍首相は記者会見で、「どうしてこの数年間で首相が代わったのか。最初に1年間で終わらざるを得なかった政権の担当者として、大きな責任を感じる。挫折の経験を生かしたい」と語った。何としても安定政権を作りたいという意気込みの表れだった。

 安倍首相は、政権運営のかなめとなる首相官邸の布陣を強化、政策面では経済政策に重点を絞った。背景には、5年前に崩壊した第1次安倍政権が、政権の中枢を「お友達」で占め緊張感を欠いたこと、政策が網羅的で的が絞られていなかったことへの反省があった。

 官邸のメンバーを具体的にみると、官房長官に菅義偉氏を起用。政務の副長官は気心の知れた加藤勝信、世耕弘成両氏、事務の副長官には警察官僚出身の杉田和博氏を充てた。また、第1次安倍政権で経産省枠の事務秘書官を務めた今井尚哉氏は筆頭格の政務秘書官になった。この5人が政策決定の中枢を握ることになる。

 経済政策について、安倍首相は組閣後の記者会見で「3本の矢」に言及した。1本目の矢は「大胆な金融政策」、2本目は「機動的な財政政策」、3本目は「民間投資を喚起する成長戦略」である。これが「アベノミクス」の柱となり、政権の看板となっていく。

 実はアベノミクスは、第1次安倍政権で自民党幹事長だった中川秀直氏が使った言葉だった。だが、1年で幕を閉じた第1次政権では、具体的な政策として展開する余裕はなかった。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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