メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

米中対決は不可避か? 田中均が欧州で考えた

「トランプの米国」に欧州の視線は厳しい。日本のとるべき道は―

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

G20の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2018年11月30日、ブエノスアイレス

米中対立は中国だけに起因するものではない

 6月8日から19日までベルギー、デンマーク、パリ、ハンガリーの4カ国を訪問した。パリで開催された三極委員会総会(アジア・北米・欧州有識者の会合)に出席することが主目的だったが、同時に対決色を強める米中関係についてのEUやEUの中小国の捉え方を見てみたかった。

 欧州の大方の捉え方は、将来的には米中の決定的な対決はありうるし、米中の利益は相容れないだろうが、その理由が、中国だけに起因するものではない――ということだ。

 やはりトランプ大統領の米国に対する見方は厳しい。確かに中国は経済的にも軍事的にも急速に台頭したが、未だ米国の実力には程遠いしこれだけ経済的相互依存関係は強いのだから、本来、米中冷戦といった事はあり得ない。ところがトランプ大統領がこの二年間に地球温暖化問題パリ合意、TPPやイランとの核合意など国際協調体制から一方的に離脱し、自らの指導力を大幅に減じている結果、相対的に中国の影響力が強く「見える」ということだ。

 この結果、所謂リベラルな国際秩序は崩壊の危機に瀕している。

 決定的な変化は「民主主義的価値」の退潮だ。

Akarat Phasura/Shutterstock.com

中国に近づく欧州の国々

 従来西側の圧倒的強みは統治の基盤にある自由民主主義的価値にあった。西側でこの価値が退潮した結果、中国の共産党一党独裁体制を非難する勢いは少なくなった。習近平政権は経済の開放路線は維持しつつ、国内の締め付けを圧倒的に強化し、監視社会の色彩を強めている。本来ならこのような傾向に対して西側の批判が強まりそうなものだが、現状はそうではない。

 トランプ大統領のリベラルな価値を毛嫌いする傾向はますます強くなり、欧州では極右・極左のポピュリスト政党が台頭し、反EU、反難民といった声が強くなっている。ハンガリーで長年政権を維持しているオルバン首相の政党は「リベラルではない民主主義」と形容されることもある。

 このように米国を中心とする西側先進民主主義勢力の絶対的優位が薄れた今、欧州は価値が多様化し、各国は現実的利益に向かって動いている。

 独・仏といったEUの主要国は5月の欧州議会選挙でポピュリスト政党が台頭し中道右派と左派の総計が過半数を割ったことよりも、全体として反EU勢力は3割に過ぎず残りは親EU勢力であることを強調し、EU統合に向けての力は衰えないと強調する。しかしEU内の調整と統制が従来よりもはるかに難しくなっていることも事実だろう。

 EUは中国を戦略的見地から慎重にとらえる指針を出したが、中国の強い働きかけに応じていく国は増える。イタリアが一帯一路構想に初めて正式参加するとか、中東欧諸国と中国の枠組みがギリシャの新規参加で17+1として活動を強めている。

 例えばハンガリーについてみれば経済的にはEU就中ドイツに対する依存率が圧倒的に高いが、インフラの資金を得るために中国との関係を緊密化する事に躊躇は少ない。オルバン首相は習近平国家主席も参加した4月の北京での一帯一路国際会議にも参加している。ハンガリーのように過去何度も外国勢力に蹂躙されてきた国にしてみれば、安全保障面ではNATOに依存し、経済的にはEU/ドイツと深い関係を持ちつつ中国に資金ソースを求めるという事こそが自国の一体性に繋がるという事なのだろう。

米国務省でイラン産原油の全面禁輸について会見するポンペオ国務長官=2019年4月22日、ワシントン

米国の対イラン外交への懸念

 そのような欧州にとって米国と中国のいずれかを選ばなければならないという状況に追い詰められるのを強く危惧している。従来であれば米国の強い指導力とEUの一員たる英国の巧みな立ち回りの下で西側の一体性を保持して対露関係などに対することが出来たが、今はそうではない。

 米国は指導力を大幅に低下させ、英国はBREXITの中で欧州での影響力を著しく毀損した。今日各国が米国からつきつけられている選択の一つは対中関係でファーウェイの5Gからの排除や部品供給の停止である。5Gでファーウェイ製品を除外するとなると4割コストアップとなり、米国に追随していく国はむしろ少ないような気がするが、今後の米中貿易戦争の成り行き如何では厳しい局面になりうると予測している。

 米国は対中関係だけではなく、欧州に難題を持ち込んでいる。イランについては、そもそも米国を巻き込んで成立した核合意から米国が一方的離脱をしたことへの不満は強い。米国による制裁の再適用によりイランとの取引をする企業が米国市場内で制裁を受けることを怖れ、そのような事態を回避するべくEUは種々の工夫を重ねているが実効的にはなっていない。それどころか、イランから核合意を守るのか米国と同調して離脱するのかとの選択を迫られている。

 さらに日本タンカーに爆弾が仕掛けられた事件について米国は早々にイラン革命防衛隊の所業である旨断定しているが、欧州では直ちには断定できないという雰囲気が強い。仮にイラン革命防衛隊がかかわったとしてもイラン内の保守派と穏健派の争いや革命防衛隊の自立心の強さなどから、イランの宗教指導者の行動とも考えにくいといった声も聞かれた。

 対イラク戦争において米国が開戦の大義名分とした大量破壊兵器の存在が結果的に確認されなかったことが、この種事件についての米国のインテリジェンスについての信頼性も損なっているのかもしれない。ロシアについてもINF条約からの離脱が欧州に与える影響は甚大であるにも拘らず、これが欧州に十分な協議なく行われた事への不満は強い。

護衛艦「かが」を視察するトランプ米大統領と安倍首相=2019年5月28日、神奈川県横須賀市

「日米一体」への不信

 欧州の識者にはこのような状況において日本が引き続き米国と一体であることにいぶかしさを感じている。トランプ大統領が令和最初の国賓として日本を訪問し大歓待を受け、安倍首相との親密さが強く印象に残ったが、果たして日本の意図は何だろうかという疑問を呈する識者も多かった。TPPをはじめ多くの合意からの一方的離脱や保護貿易主義は日本を資するはずがないではないか、日本は何を得ようとしているのだろうか、と。

・・・ログインして読む
(残り:約802文字/本文:約3390文字)