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「香港デモ」を読み間違えた中国・香港政府

「天安門事件」30周年と重なった未曽有の香港デモを受けて中国はどうするべきか

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

態度急変の背後にあったものは

拡大記者会見する香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官=20199年6月15日、香港
 ところが、その林鄭長官が「200万人デモ」に至って、態度を大きく変えた。「香港社会に大きな矛盾と紛争を生み、市民に失望と悲しみを与えた」と陳謝したのである。

 民衆に対決姿勢で臨んだところ、一週間後にはなんと抵抗勢力が倍増した。200万人と対峙(たいじ)すれば、デモはいっそう強力になって、手に負えなくなる。そうなれば、警察の力を借りるどころか、戒厳令の発動や人民解放軍の出動にもつながりかねないという判断が透けてみえる。

 ただ、こうした高度な政治判断が、林鄭長官に任されているはずはない。背後にある、中国政府、中国共産党、習近平・中国国家主席が「方針転換」の指示を出したと見るのが妥当だろう。今月末には、大阪で主要20カ国・地域(G20)サミットで開かれる。そこで、習主席が孤立したり集中砲火を浴びたるすることを恐れたのかもしれない。

 林鄭長官は記者会見で「改正審議は再開できないと認識している」と発言。さらに香港政府は21日、「逃亡犯条例案の改正作業は完全に停止した」との声明を出し、廃案にする構えを示した。

「雨傘運動」より切実だった今回のデモ

 中国政府、香港政府はなぜ、今回の大規模デモや市民の動向を読み間違えたのか。おそらく、5年前の「雨傘運動」が意外に容易に沈静化したからであろう。

 周知のように、香港政府のトップである行政長官は、民主的な普通選挙によって選ばれているわけではない。複雑な手続きによって、中国政府に批判的な人は排除される仕組みになっている。これに対して、民主的な選挙制度を求め、学生や市民が立ち上がったのが2014年秋の雨傘運動であった。

拡大香港警察本部前でメッセージを手に抗議するデモ参加者=2019年6月21日、香港
 「それと比べると、逃亡犯条例改正問題に対する市民の関心は薄い」と当局が判断したとしたら、それは大きな誤算であった。選挙制度は確かに重大な問題だが、今回の問題は香港人ひとり一人にとって、それ以上にきわめて身近で深刻な問題であるからだ。

 いつ身に覚えのない疑いを受けて、中国司法の闇の中に放り込まれるかわからない。自分が拘束されなくても、家族の誰かがそうなるかもしれない――。欧米流の民主主義に馴(な)れている香港人は、「自由」という価値の大きさを熟知している。

 今回のデモの中核は、主婦であり、家族連れであるといわれている。天安門事件や雨傘運動のように、スター的な指導者もいない。このことも、中国政府や香港政府に方針の転換を促したのだろう。


筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

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