香港デモの背後に見える「中国化」への我慢の限界
条例改正案を契機に始まった経済と民生の問題を解決しない政府に対する抗議活動の面も
姫田小夏 フリージャーナリスト

香港警察本部前で抗議のデモをする人たち=2019年6月21日、香港
香港200万人デモにお母さんたちが参加したわけ
香港人が爆発させた不満の元凶
「民主の女神」の異称を持つ22歳の女子大生、周庭(アグネス・チョウ)さんは6月、香港の街頭で「これが最後のチャンス」だと訴えた。香港は「逃亡犯条例」改正案に反対する「反送中」(中国に送るな)をスローガンにした抗議デモの真っただ中にあり、多くの市民がこれに呼応した。

逃亡犯条例改正案について日本記者クラブで会見する周庭さん。雨傘運動の中心メンバーの一人だった=2019年6月10日、東京都
逃亡犯条例改正案が通過すれば、中国は香港政府に対し引き渡しを請求できるようになる。しかし、香港と中国では法律規範も量刑制度も、受刑者に対する人権保護や人間の尊厳の在り方も異なる。そのため、「法治国家ではない中国に連行されて裁かれるなんてとんでもない」という猛反発につながった。中国批判をしてきた市民も香港で逮捕され、中国に送られることになりはしないかと、多くの人が身の毛をよだたせた。
だが、仕事、商売、家事、学業を中断し、200万人もの香港市民が街を練り歩いたその理由はまだある。キャセイ航空の元乗務員だったシャロンさんは「香港人はもう我慢の限界だった」といい、次のように続けた。

香港市民はずっと何かに耐え続けてきた?
「今回のデモは、条例改正案がきっかけとなって始まった、経済と民生の問題を解決しない政府に対する抗議活動です。だから多くの市民が街に出て行ったのです」
香港人はどんな我慢に耐えてきたのだろうか。それは、大陸からの人と資本の移動で進む「香港の中国化」だ。
筆者も思い当たる。香港の市民生活はたった20年余ですっかり変わっていた。昨年、十数年振りに香港を訪れたが、その“中国化”に唖然(あぜん)とさせられたのである。