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香港200万人デモにお母さんたちが参加したわけ

「子どもに催涙弾を浴びせるなんて」と“香港の母”林鄭月娥氏の辞任を要求の署名も

姫田小夏 フリージャーナリスト

香港島の幹線道路を埋めるデモ参加者=2019年6月16日、香港、

返還以降、最大規模の抗議活動

 「逃亡犯条例」改正案に反対する「反送中」(中国に送るな)をスローガンにした香港の抗議デモが、連日報道されている。6月9日、反対デモに103万人が参加、12日にはデモ隊と警察が衝突した。その後、6月16日には約200万人が参加する規模となった。容疑者を中国本土に移送できる改正案は廃案となる動きだが、廃案に追い込んだのは、1997年の返還以降、最大の規模となった200万人の抗議活動だ。

 2014年の雨傘運動でも「真の普通選挙」を求め、学生らが中心となって「公民指名」制度の導入と香港政府幹部の退陣を求めて反政府デモを展開したが、その規模はピーク時で20万人だった。今回の抗議活動は、その10倍のパワーに膨れ上がった。香港の人口は745万人だから、4人に1人が参加した計算だ。

 雨傘運動当時、学生らが行う抗議活動について、香港社会は必ずしもこれを全面的に支持してはいなかった。少なくとも、事業経営者は経済活動への悪影響を、学生の保護者は我が子の成績への影響を懸念していた。

 筆者は当時、上海にいたのだが、在住の香港人も「無駄なことをして」「子どもっぽい」などと囁き、抗議デモへの理解は決して高いものではなかった。リーダーたちが逮捕され、目的を達成せずに運動が収束してしまったことに対し、大人たちの視線は「それみたことか」という一抹の冷ややかさがあったことは否定できない。

それでもあった「不参加」の声

 今回は最大規模の200万人規模に膨れ上がった今回のデモだが、それでもやはり「デモ参加には反対」という声もあった。「反対」の理由は大きく分けて二つある。ひとつは経済的な理由で「これ以上デモを続けると、香港の特殊な地位を失うことにもなりかねない」というものだ。

 香港経済日報は、「香港のデモを中国が鎮圧に出て、香港の高度な自治が失われるようなことにでもなれば『米国―香港政策法』が取り消されるかもしれない」と報じている。

農産物も水も中国から送られてくる
 「米国―香港政策法」とは、高度な自治を認めた「一国二制度」を前提に米国が香港の扱い方を規定した法律で、香港の中国返還と同時に発効した。ただ、このところますます中国依存を高める香港に対し、米議会で「香港に与えられた自由貿易や国際金融のハブといった特殊な地位を見直すべきだ」との考えが浮上するようになった。

 米中貿易戦争の長期化で、機密性の高い技術は中国との取引が禁止されているが、香港を経由すれば調達できるのも「米国―香港政策法」があるからこそ、だ。デモによる混乱が続けば“抜け道経済”も失いかねない。香港ビジネス界がデモに慎重なゆえんだ。

 こうした見方に加え、「デモは不支持だ」とするもう1つの理由がある。日本に駐在する香港人女性のベロニカさん(仮名)は、あくまで個人の意見とし、次のように語ってくれた。

 「デモは不支持というよりも、『やっても無駄』という考えがあります。そもそも、『一国二制度』において香港と中国は切っても切れない“親子関係”にあります。その香港の住民が必要とする水も農産物も、ほとんどすべてが大陸から送られてくるのです。デモをやろうとやるまいと、もはや、もがいたところで中国に背を向けることはできないのです」

 ベロニカさんにも香港に戻る日が到来する。その香港で生きていくためには、命運を受け入れ、“心のスイッチ”を切ることが最良の“処世術”なのだ。

重い腰を上げたお母さんたち

 このように参加・不参加をめぐり賛否両論が存在するなかで、デモは200万人規模にまで膨張した。6月9日は103万人だから、実に倍の規模である。6月16日のこのデモには一体、誰が参加したのだろう。

 16日のデモについては日本でも各紙が報じたが、その画像からは、「子どもは暴徒ではない」「学生は暴動を起こしていない」といったスローガンを掲げる保護者の姿が見て取れた。テレビの映像にも「このまま中国の影響が強まれば、子どもたちの世代が大変なことになる」と懸念する親子の参加者が映し出された。

 雨傘運動の際は、デモのうねりに身を投じる息子や娘に、香港のお母さんたちは「学生の本分は学業だ」と一線を画していた。だが、16日の抗議行動に姿を現したのは、なんと彼らの“お父さんやお母さん”だったのである。5年前は静観していた保護者たちだが、今回ばかりは重い腰を上げたのだ。

保護者を動かした一本の動画

 筆者の友人で香港在住のジャスミンさん(仮名)は高校生の息子を持つ母親だが、その彼女がある動画を筆者に送ってくれた。ジャスミンさんは「この動画が拡散されたから、保護者たちが街に繰り出したんです」と明かす。

 その動画は、ある男子学生が香港のすべての保護者を対象に行った呼びかけだった。「私は90年生まれです」というフレーズから始まる男子学生の訴えは6分35秒も続く。その要約を以下に紹介しよう。

 6月12日に1万人のデモが行われたが、僕はここで不思議な現象を見ました。デモの参加者は中学生や、2000年代生まれや90年代生まれの学生ばかりで、なぜか僕らの父母の姿はなかったのです。実に95%が若者でした。6月9日も「反送中」のデモを行ったが、一人として大人はいませんでした。
 僕たちはこのときに催涙弾を受け、暴力行為を受けていたというのに、一体あなたたちは何をやっていたんですか? 子どもが催涙弾を受けているときに、なぜ街に出てきて警察を阻止しなかったんですか。あなたたちは、涼しいところでテレビ中継を見ていたに過ぎないんです。
 子どもは親に孝行すべきだという考えがあるように、両親もまた子どもを愛するべきでしょう? 僕の自宅の1階で猫が生まれたけど、母猫ですら近づこうとする僕に子猫を守ろうと必死でした。一体、あなたたちは(あの日)どこにいたんです?
 問題はこの改正案を支持するのか、反対するかしかありません。あるのは立ち上がるのか、立ち上がらないのかの2つの選択だけなのです。

催涙弾に激怒。林鄭月娥氏の辞任を要求

 14日、セントラルのチャーターガーデンで、6000人のお母さんを集めた「香港ママ反送中決起大会」が行われた。「子どもに催涙弾を浴びせるなんてとんでもない」と、“香港の母”を自称する林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任を要求し、4万人のお母さんの署名を集めた。

行政長官弁公室前で林鄭月娥・行政長官の退任を求めるデモ参加者=2016年6月17日、香港
 “親の愛”が試されたこともあり、お父さんやお母さんたちは、ついに“中継視聴者”に甘んじることが許されなくなった。
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